ピアノを弾くITエンジニア

ピアノを弾くITエンジニア

羊と申します。
ジャズピアノ勉強中です。
インターネット業界も5年目です。
サイバーセキュリティが専門になりつつあるネットワークエンジニア。

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二年前から作曲を学びだした。理論書を読みまくり、アレンジと作曲を続けた。

一年前から楽曲提供を始めた。
そして、来年から、私の作曲活動はお金になるらしい。

色々トラブルがあった作曲活動だったが、そこでそこそこ活躍したため、なのかはわからないけどそれがきっかけで来年はサラリーマンとしての一ヶ月分の給与くらいの収入がある作曲の仕事が入った。

これで食っていきたいとは思わないけど、かかる費用分稼げると良いなとは思っていた。
嬉しいとか重圧とか、そういうものは現状ないけど、今までより気楽に機材が買えるのだろうとポジティブな思いになれる。

昨年から楽曲提供を始めた。
世の中に、同人ながら自身の楽曲が使われて、お茶の間にでるような有名な方も一部いて、そういったことに達成感を感じている。

同時に某マルチレベルマーケティングの勧誘をうけることが増え、いろいろ戸惑うことがあった。
その辺の話を書いてみる。
ここに書いてある内容はすでに和解している。

けど私の立場を明確にするために書き残しておく必要があった。

 

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その団体に楽曲提供をするとき、団体名を言うと、妻がすぐLINEで反応した。
団体名をGoogleに入れて、ブランクを入れたらアム●ェイって出てくるけど大丈夫?と。

一先ず様子を見てくる。作曲だけやって入会しなければいいだろう?と言った。
本人は広告代理店をやっているらしい。ようわからんけど。と答えておいた。

 

後ほど知るのだが、アム●ェイをやっている人は自分でアムウェイとは言わず、広告代理店をやっているというらしい。
僕はこの時点で嘘をつかれていた。

 

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その団体は月に一度渋谷で集会をしていた。主催者はプロデューサーの女性である。
招待されたので行ってみた。

 

素晴らしい人がいる、私の師匠に合わせたいといわれて挨拶回りをした。
明らかにプロデューサの女性より偉い人が、少なくとも3人いた。

若い男性が一人、40くらいの男性が一人、50-60台の男性が一人。
少し離れて、全体を見渡せる一で様子を見ている。

なにやら怪しい香りがした。

その集会について詳しくは避ける。この話題からそれるから。

 

40くらいの男性に妙な塾に誘われたりしたが、無視した。

企画者の師匠らしい。彼女に大変失礼ではあるが、私にはちっともよい人には見えなかった。

変に俺は金持ちなアピールをして威張っていた。

映画を作るために資金をためていると言っていたが、自身の関わった作品の話もせず金の話ばっかりしていて、車の話をしたと思ったら「俺ランボルギーニ買おうと思ってんだよ!」と言い出す。

映画の製作資金貯めてんじゃなかったの?と思って、この人は芸術家ですらないと悟った。

芸術家というのは贅沢よりも、自分の作りたい作品を作る資金を得ることのためにお金に執着するものだ。

 

身に着けているものが僕と変わらなかったし、実際この人はさほどお金を持っていないとわかった。

僕は仕事でとんでもない金持ちにあうことが時々ある。そういう人は寡黙だし、威張らない。

彼とは真逆だ。

 

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それから数日後、私は企画者から打合せの連絡を聞いて、渋谷に出向いた。
(なぜいつも渋谷なのか、それは当時はよくわからなかったが、アム●ェイの本社が渋谷にあると知って今では納得である)
彼女は課題図書を私に出していた。なんてことはない自己啓発本である。

 

簡単な論文を読んで論文ゼミを済まそうとした私を「早く読めて、わかりやすい読み物は、それだけ学ぶものがなかったってことだよ?」と諭した助教のことを思い出した。先の本はあっという間に読み終わった。これに開眼した人もいたかもしれない。だからあの本を100%否定しない。けど僕には学ぶものはなかった。その感想を送った数日後、私は提案があるから打合せやろうという連絡を聞いて、渋谷に行った。

 

彼女はアントニオ猪木がタバスコの販売権を持っていて、それで生計を立てているのを知っていますか?と言ってから、
世界の富豪ランキングのコピーを取り出した。

明らかに古い資料だった。フォントやデザインで20年前くらいの白物だとわかった。

そこには一桁順位にアム●ェイがいた。蛍光ペンで塗られている。


速攻で始まる素晴らしきアム●ェイの話。

僕は愕然とした。仕事で忙しい中、時間を作って、作曲についての打合せだと思ってきたのだ。

カフェの女性店員が憐れむ顔でこちらをみている。

殆ど頭に入ってこなかった。ただ、突っ込みどころだけは脳内に残った。

僕の曲を使おうだなんて、金づるだと思っていたからか。なんて自分はバカだったんだ。
と思った。

 

「頑張れば月20-30万も儲かるのですよ!!」

・・・私の給料は残業代含め、手取りで30マンを超えています。40時間残業したら手取りで40万近くになります。あとボーナスもあります・・・

「素晴らしい人が渋谷のオフィスにいて、気さくに話しかけてくれます!」
・・・そりゃお金を落としてくれるのだから優しく接してくれるよな・・・

 

など色々思うところはあったが、彼女に対して厳しい言葉をかけることはできなかった。

それより、こんな若い将来のある女性の夢に漬け込んで、こんなことをやらせている企業が心底不快だったし、自分の不注意さに対してうんざりしていたのもあった。

心底必要なかったのでやんわり断った。

それがいけなかった。

 

その後も定期的に興味のないお誘いが来た。

動物占いや、引き寄せ力とか、僕が心底興味のないセミナーのお誘いが来るのだ。

音楽ライブのお誘いがきて、良いね!と思って調べたらアム●ェイどっぷりな音楽家でショックだった。

なんとなく気が向かない、と適当な返事をしたら、直感で動く人間は3流以下だとかTwitterのエアリプでたたかれた。

 

その後、彼女はTwitter上で不誠実な発言が目立つようになった。

作曲者や、演者を見下したツイートを投稿したり、自身のオーディションに風邪で来れくなった人を自己管理もできない人だと批判したり、

ジェンダーにかかわるようなデリカシーにかけるツイートがあったり、いよいよこの人に関わっていると言いづらくなってきた。

 

私に対する扱いもひどかった。

私は作曲を20曲以上を提供した。無償で。没になった曲を含めれば40を超える。

そんな楽曲が権利関係の整理もなくダウンロード販売が始まったり、急遽頼まれて、徹夜で作った曲の部分が即売会当日に間に合わなかったらしく、行ったら間に合いませんでしたーwと半笑いされたり。

無償で曲を作ったのに、完成品を「購入」しないと確認できなかったり。

購入した後すぐに、私のライブに来る重要顧客(スポンサーがついたらしい)のライブチャージをタダにしてくれと要求してきたり、もうめちゃくちゃだった。

 

妻は、私がかかわる団体じゃない、もっとまともな団体に使ってもらえる曲を作っているのだから、早く縁を切ってくれというようになった。私も我慢の限界だった。彼女の希望する曲を作るために数十万円の機材を購入していた。それを私のライブ中に、彼女はウチの団体の「重課金者」と揶揄した。無意識に出た言葉で、悪気はなかっただろうが、だからこそ混じりっけなしの悪意で、強烈な不快感を覚えた。

 

私は抗議した。

勧誘の件だけでなく、ここまで自身を軽視した行為・発言を続けたことについて。

ここまでされて、僕は無償での楽曲提供なんて続けられないと訴えた。今後は有料だと。

きっと金は払えないだろう。これで縁が切れるのだろうと思っていた。

 

企画者からは、そんな意図はなかったが、そう感じさせてしまったなら言い方が悪かったかもしれないという言い方を繰り返された。気に入らなかったが、僕は「誠意」なんて全く求めていないのでどうでもよかった。
それよりも、今後は曲は有償、という要求について、あっさり承諾を得られたことに拍子抜けした。

同時に彼女がアム●ェイを辞めて、団体の幹部からアム●ェイを排除したと。
僕が疑いをかけられたときは僕は無関係だと説明すると言った。
そして、私の楽曲のファンだと。

言いくるめられた気がしたし、100%信用はできなかったが、様子を見ることにした。

作品を作る熱意は伝わっていたし、そこに協力するのは悪い気分でなかったからだろう。
彼女はプライドが高く、自分の過ちを認めない態度は見え隠れしたが、アーティストで若ければそんなもんだろう。それに世の中にまともな大人なんていないのだ。世の中にいるのは体の小さな子供と、老け込んだ子供だけだと会社でも痛感してたからそんなもんだ。

 

どこまで本当かわからない

でも、確かにその後の打ち上げで、かなりメンツは変わっていた。

態度も軟化したように思えた。そんなわけで、今も動向を見守っている。

彼女はアニメを作りたいらしい。別のプロデューサのもとで作品作りをしているらしいが、どうなるのだろうか。彼女や、アニメにかかわりたい人たちと作曲家として関わるのは面白いから、危害が及ばない限り適度な距離を保って楽曲提供を続けようと思う。

 

色々ドロドロした部分を隠しながらラフに書き下ろしてみた。
これ以上詳しく書くのは避ける。


しかし、繰り返すが、私にネットワークビジネスは必要ない。

ネットワークビジネスを200%否定する気はない。しかし私に勧誘するのは本当にやめてほしい。心底必要ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう何年、このブログを放置していたのだろう。

twitterでは、考えに考えた言葉を後で読み直そうと思っても検索がとても難しい。気になった言葉も残しておけない。そう思ったらふとこのブログが横切った。

皆さん元気にしているのだろうか。

あれから数年、僕は東京にいます。
前の会社で私はパラワラ被害に遭い、精神を壊した。その後自身がADHDであることにも気づき、投薬治療を開始した。その後のamebaでの近況報告は途絶えた。

薬は僕に落ち着いた思考を提供したが、副作用も大きかった。時々立っていられないほどの吐き気に襲われる。薬を見るだけで吐き気を催すようになってしまった。でも僕はもうこの薬を手放せない。

僕は前職で、研究開発部門に配属されるチャンスを待ち、技術を磨き続けた。そして東京でのojtを終え、大阪に戻り、入社して早五年の後先の上司から聞かされたのは、

技術に長けた人間はこの会社には要らない。君をこの会社は求めていない。異動させるのも昇進させるのも失礼にあたる。君のキャリアはここまでだ。どうしても技術がやりたきゃ転職したら?

との言葉だった。
僕は荒れた。何故一年目、二年目で伝えてくれなかったのか。もう僕は30になっていた。殆どのスペシャリストは二十代でその頭角を表す。僕は膨大な時間を失った。

僕は会社を変えた。
ojt先のボスが取り計らってくれた。かなり大変だったらしい。今でもボスに足を向けて寝られない。

そして私は図らずとも日本トップクラスの開発チームに足を踏み入れることとなった。ここにはとても書けないが、メディアで何度も取り上げられるような重要な仕事、イベントに技術者として関わっている。毎年、この仕事が人生で一番輝かしい仕事かもしれないと思うが、次の年はそれを簡単に超えてしまう。

英語が苦手で苦しい。技術も思考も足りない。
子供の頃から豊かな環境で育って教養に溢れた人達が普通に知っていることを僕は知らず、そんなことも知らないの?!とよく呆れられる。勝ち続けてきた人達で溢れ、彼らの言葉は自身に溢れている。弱者に回った事のない人の無邪気な否定の言葉が刺さることはよくある。
でも僕は退路を断って来た。だからここで生き残るしかない。何より僕を手繰り寄せてくれたボスの期待に応えたい。

中学の頃の夢だった、某モータースポーツのピットクルーになる夢も何故か叶った。名ドライバーが目の前にいて、普通に作業場ですれ違う奇妙な時間だった。

夢が叶うというのは、もっとドキドキするものだったり、嬉しくて涙を流したり、歓喜の渦が巻き起こるものだと思っていた。でも、僕はあっけらかんとしていたらしい。もっと喜べよ!こんな経験、したくても出来ない奴が星の数程いるんだぞ!と先輩社員に言われるほど。

僕はこの夢がいつまで続くのか、いつこの仕事から外されてしまうのか、そうならないためにどうしたら良いのか。次はどうしたらいいか。そんなことばかり考えていた。

夢が叶おうとも、叶わなくとも結局やるべきことは現実的な目標を立て、目標に向けて建設的な努力をするしかないのだ。

来週、大きな仕事がある、4月にも中東への出張がある。
ここで大きな失敗をすれば、僕はチームから外される可能性がある。僕にできることは、目の前の仕事をこなすことと、上司や会社に頼らない、現実的なステップアップ方法を考えることだ。来年が今年より輝かしくなるために、何ができるのか、毎日考えているけど、未来に確信が持てるなら誰も迷わない。