今から10年前、33歳のときに、
今まで店長として3年間勤めていた鉄板焼屋を退職し、料理人から足を洗いました。
次の仕事は決まっていなくて、しばらく何もしない日々が続きましたが、
雇われで仕事をするのは、もうやめようと思い、自分で商売する道を考え始めました。
自分には何ができるだろうと考えたとき、
お金もコネも何もない状態でしたが、目の前にパソコンだけがありました。
もともと絵を描いたりデザインしたりするのが好きで、
店長時代に、お店のメニューやポップを作っていたり、ホームページを作ることも多少なりできていたので、フリーランスのデザイナーとして活動を始めました。
結婚していて、すでに2人の子供がいましたから、
とにかく仕事をとらないと生活できないので、営業を始めました。
といっても、外回りの飛び込み営業ではなく、
ネットにあった、制作案件のマッチングサイトに応募しまくっていました。
そこには、実際に制作者を求めている人や会社だけしかいないので、
営業活動としては最適な環境でしたが、入札形式で相見積もりなので、
競合は多かったです。
そんな中で、所在地が近いという理由で、何件か仕事の依頼が入ってきていました。
ただ、ネット上で受注が成立することはなく、必ず直接会って打ち合わせをします。
そこで、本当に依頼しても大丈夫だと判断されて始めて、正式に受注となります。
打ち合わせでは、僕はできもしないのに、
「大丈夫です、できます!」と自信満々の態度で受け答えし、
仕事を獲得していきました。
できる、といった手前、何がなんでも作り上げなければいけないので、
参考書を片手に勉強しながら、制作を行っていました。
ホームページだけでなく、チラシやパンフレットのデザインなど、
求められるなら、どんな仕事でもやりました。
仕事のすべてが新しく、新鮮でした。
しばらく時が経ち、デザインの仕事もそつなくこなせるようになってきた頃、
売上を増やすためには、デザインだけでは厳しいと考えるようになりました。
業界の中で、デザイン費が価格破壊を起こし始めていたからです。
それから、プログラムを勉強し、システム開発の道へ進みました。
今後、将来的に需要が伸びそうなプログラム言語を選び、
それだけを集中的に学びました。
システム開発もやはり、デザインの仕事と一緒で、
実績もないのに「できます!」と言って仕事を受注してました。
仕事をとってからプログラミングを勉強し、必ずクライアントが望む通りになるまで作り続け、同時に自分のスキルを磨いていきました。
そうやって仕事をしていく中で、
定期的に仕事をくれる代理店との取引ができていきました。
既存のクライアントさんからの紹介がでてきました。
年商数億円企業の基幹システムを手掛けるようになりました。
営業系の会社とパートナーシップを組んで、共有システムでビジネスを行いました。
3年が経ち、売上1000万円を達成したので、それを機会に法人成りし、
その後も順調に右肩上がりで、そこから2年後には売上1500万円まで到達しました。
いちプログラマーが一人で成し遂げたにしては、いい結果なんじゃないかなと思います。
ですが、ここから僕の人生は下降線をたどっていきます。
…続きはこちら
コーチングで目標達成!【神戸】