月曜日9時に父親は入院そして生検他の検査。
翌日火曜日に、結果とその後の治療方針等を聞くために家族が呼ばれた。
このコロナ禍、元来は患者一名に対し家族一名らしいが、そこは父親が押し切り、母親と私達息子二人の三人が説明を聞く事が出来た。
まぁそれが許されるぐらい状態が悪いと言う事なのかもしれないと心の中では思っていたが、口には出さずにいた。
既にかなりシビアな言葉で現状を伝えられていた為、今回の説明でそれほど個人的にはショックはなかった。
小細胞肺がん、ステージⅣ。
とれる選択肢に外科的手術も放射線治療もなく、化学療法一択である事が伝えられただけだ。
それも、自身の予習で大体理解していたのため、それほど動揺はなかった。
現状を全く理解していない弟は、質問を列挙した手帳に最初に書かれていたワードに「病名は?」なんて今更な事が書いてあったが、これぐらい呑気な方が良いのかもしれないな。
父・母・弟がひとしきり質問した後、私に振られたので聞いてみた。
「仕事にも戻れますか?行き返りは私が車で送迎します。QOLを下げずに過ごせる期間はどのくらい?」
今までの質問には適当とまでは言わなくても、軽く答えてくれていたDr.だったがこの質問には私の方を向いて答えてくれた。
「通勤を伴う仕事は、もう無理だと思ってください。ただ車で送迎され、少し指示だけ与えてすぐに職場を離れると言う事ぐらいなら、出来るかもしれません。このコロナ禍です。散歩ぐらいななら兎も角、通勤レベルは止めて下さい。」
この言葉は父親にはショックだったようで、落ち込むというよりは若干興奮状態になっていった。
延命措置はしたくないとか急に言い出す始末。
「今から行う治療は、大きな意味では延命措置ですよ。何もしなければもう月単位です。これからは人それぞれの経過です。諦めずに頑張りましょう」
今は色々とハッキリと言うんですね。私はそれはそれで最初はショックだったけど、今となっては少し落ち着いてきましたよ。