主人公の方が最後まで一緒に共存した病気。
僕の弟も小学校1年生の時に同じ病気でした。
当時の弟の闘病生活をまだ覚えています。
顔や体は副作用でパンパンに浮腫んで、つらそうにしているときもあれば、元気に病棟でゲームしている時もありました。
でも弟はいつも、無菌室の個室に入っていて、しばらく窓越しでしか会えませんでした。話もマイクだったような気がします。
当時は、ステージのこととかよくわかりませんでしたが、「会わせたい人がいたら、、、」と親は言われていたそうなので、進んでいたと思われます。
その時に、子供ながら神様に「最後のお願い」をしました。
「弟を助けて」って。
だから、僕が癌になった時は、弟に使えって命令しました(笑)
父親が風呂で水を浴びているのを見ました。今思えば、願掛けだったのでしょう。
八海山教会の神主である祖父はお見舞いにきた時、ずっと手を握って祈ってました。
祖母は、願掛けで好きなものをひとつ絶ったそうです。
ドラマの耕太さんは、姉の骨髄移植により希望が出て寛解に向けてスタートしました。
しかし、再発。
癌という病気はどうなるかわからない。
医師もはっきりとしたことが言えないのが現実でしょう。
耕太くんはカテーテルを最後に抜きました。腹をくくった瞬間。
僕も癌になって、どうしようと思っているより腹をくくっていた方が、楽しかった。
絶食時に闘病ブログに食べログを書いていたりしたのもその理由でした。食道がなくなったら、まともに食べられなくなると思っていたし、ダンピングってどうなるのって。
あと、死んだら記録に残るとも思ったから。
ドラマでもカテーテルを抜く決意が周りの人のために何を残せるかという思いでしたね。
共感できます。墓場までいろいろなものは持っていけないと僕は思いました。
癌という病気は本人に対して、いろいろな経験をさせてくれます。
そして癌という病気は、いろいろな結果を生みます。
弟は発症から22年経った今でも、生きてます。
癌になったら、悩んであたりまえ。前向きに考えられた方が楽しい。
周りのかたも前向きに考えるきっかけとして捉えたほうが良いと思います。
癌で踏ん張ってるドラマとか見ると、涙がとまりませんでした。