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9月24日(金)まとめ
6週間のインターンは幕を閉じた。私は現地のアイセックスタッフ、DAWNのスタッフ、JFCの子供たちに折り紙を折り、メッセージを書いて渡した。最後まで陽気な彼らは笑顔で私を送ってくれた。中には「台風で飛行機飛ばないから、もっとここに居なよ」と冗談交じりで言う人もいた。
フィリピンにはRemenbranceの文化がある。折り紙という日本固有の細かい職人技術と私のメッセージで少しでも日本を覚えてくれていたらいいと思う。
さて、少し研修全体をまとめてみようと思う。
なぜフィリピンかと言うとたまたまである。しかし働いてから気付いたが、DAWN(Development Action for Woman Network)に運命的に引き寄せられた感があった。今回働いたDAWNは日本から帰国した移民女性と日本の父親との間にできた子供JFC(Japanese-Filipino-Children)の人権擁護をめざすNGO団体である。以下の点でフィリピンはマニラ、DAWNに来てよかったと思う。
1、 日本人を必要としている
2、 小さい組織で自由度がある
3、 英語とタガログ語が学べる
4、 日本語を教えられる
5、 順調に資金繰りを回せている成長段階にあるNGOである
6、 女性より男性の方がビジネスに向くという誤解を解く
7、 日本の正と負の歴史を紐解く
8、 人種や国家とう難しい問題を取り扱う
9、 将来のアジアビジネスのヒントになる
10、 法律、役所仕事の裏側を見られる
11、 日本支部があり今後もかかわれる
12、 訓練を受けた元エンターテイナーの女性とかかわれる
私はボランティアとは無縁だと思っていた。しかしボランティア精神ほど人生に必要なものはない。英語の辞書を引いてみる。ボランティア=自発的な仕事=起業、なんだ、私の夢につながっているではないか。
今回の研修でボランティアと言うものを大きく見直した。以下長いので簡単に概要をまとめると、
1、楽しかった!
2、ボランティアは楽しくやらなければいけない。ボランティアとビジネスは同じ、金と力がなければ回らない。
3、私は言語とやはり切っても切れない関係にあった。そしてそれはバリューである。
私は「力なき正義は無能なり」という戒めの言葉を常に信じていて、私のようなひよっこがボランティアなど真剣に考えるべきではないと思っていた。まずは勉学にはげみ、仕事で成果を出し、家族を養い、経済的に余裕が出た時に財源を回し、ボランティアを初めて考えられると思っていた。
一説によると、実際にあまたあるNPO法人のうち、実際動けているのは10%あればいい方だという。
しかしながらここDAWNは数多くある女性問題、移民問題に取り組むNGOのうち、財源を民間企業や投資家から獲得し、裁縫や美容といった新事業拡張まで行え、JFCの子供たちを日本に行かせられるようなほど上手くいっている。数少ない成功例だと、女性人権カンファレンスの中でたたえられていた。
ではなぜ成功できたのか。某NGO代表によると、それは信頼と志だという。きちんとした道筋を立て、それが道義にかなっていて、責任をもって成し遂げられるような人たちであれば、お金は入ってくるという。お金がなければ事実何もできない。結局はお金は力ある正義に集まってくるのである。
これはビジネスでも同じことが言える、新規事業にはある程度の投資が必要だ。力、または器、そして正義、または志が必要不可欠と言える。まさにそれがボランティア精神ではないだろうか。何をするにも必要な事、ボランティア精神が何をやる上においても必要不可欠なのだ。それは勉強、研究、仕事、家事、何においてもいえる。この当たり前のことに、私はこの研修で気付けた。
またボランティアは楽しくやらなければ続かない、ボランティアで与える人が楽しそうな表情を見せるからこそ、受ける側も素直に喜べるのである。もし憐みやかわいそうだな、辛いけどやらなきゃ、と思うような表情で活動していたら、そこには与える側と受ける側で格差が生まれてしまう。アフリカには、長年物資のみを与えられ続けた地域が数多く存在する。そこに旅行すると、「今日は何をもってきたの?」としか聞かれず、彼らは仕事すらしない。矛盾しているようだが、ボランティアは楽しくやらなければいけない、お互いに得るものがなければおかしくなってしまうのだ。
話をDAWNに戻そう、私は振り返ると、意図せず日本語教師としてばかり活動していた。語学に傾倒があるための運命的な采配だろう。ひらがなが覚えられない、日本語がうまく発音できない、やるきを出しきれない、などなど大変な要素はたくさんあったものの、全体的に楽しかった。それは私が語学の上達を何よりも楽しみにしてきたからだ、彼らのほんの少しの日本語の上達が私にとっては自分の成長に思えて大変うれしかった。ここにも相補の楽しみがあったことに喜びを感じる。
日本語だけではない、タガログ語を駆使して会話や通訳だけでなく、タガログ語の歌を歌うことでより距離を近づけられたし、それが何よりも楽しかった。
どうやら私は言語とは切っても切れない関係にあるそうだ。そこにこれからのヒントがあろう。
DAWNでのボランティアは終わらない、これからもJFC達とはメールやFacebookでつながるし、日本に行ったJFCとも会うだろう。さらに、これからはDAWNジャパンのボランティアになるであろう。
助けたい!などの必死さはあまりない。JFCを日本の友達としていい友達関係でいたい。それだけである。友達をどうして放っておくことがあろうか。
フィリピンで人気があるバロット。付加寸前のゆで卵である。
鶏と卵の間と考えればよいだろう。味は以外にうまい、しかしグロイ。
日本にはないフルーツを並べてみました。
フルーツパーティーです。
お世話になったアイセックミリアムカレッジのメンバーたち。
全フィリピン代表JFCたちのオリエンテーション、
この後私が日本語教師を務めた。
40年に1度といわれる大洪水。ノアの洪水とも呼ばれた。





