古代エジプトの「失われた黄金都市」発掘 | 竹内文書の世界を旅する三和導代のブログ

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三和 導代 です。

 

昨日の私のセミナーでは古代エジプトの歴史を正史と言われている歴史年表と竹内文書に登場する古代エジプトの記録を比較しながらお話をさえていただきました。エジプト王国が成立した時代の記録も竹内文書には登場します。

 

またエジプト第18王朝の宗教改革者といわれたアメンホテップ4世は謎多き存在です。カイロ博物館に展示されているアメンホテップ4世はとてももなく巨大で特に頭の長さ以上なほどです。王妃のネフェルティティと子供たちの頭もとても長く、地球人とは思えない様相です。おそらく異星人と地球人のハイブリットではなかったかと私は思っています。

 

そして竹内文書の研究者でありました故・林信二郎氏はアメンホテップ4世は元々は神主の皇子で現在のオリエント(現在のイラク)で日本から派遣された教官によって開かれていたニップル学院の第50代目の学長のもとに学んでいた人物で、後の法蔵を改名しました。その当時ウル城を占領した鬼賊がエジプトにも侵入し大変困り、トトメス3世はニップル学院にいアメンホテップ4世に助けを求め、アメンホテップ4世を招きファラオとして君臨してもらったという奇想天外な仮定をされています。つまりアメンホテップ4世はエジプト人ではなく日本人であったという説です。

 

とにかくアメンホテップ4世は謎多き存在であることは間違いありません。首都をテーベ(ルクソール)からアマルナに遷都し、太陽神である ラー を唯一神として復活させ、あらたな神観念としてアトン神を創出して万物の創造主であるとしたと言われています。

 

そして今年4月にルクソール近くで、エジプト発掘史上「最大規模」の古代都市遺構を発見したと発表されました。「失われた黄金都市」で砂の中から見つかったこの古代都市は「3000年前のアメンホテプ3世の治世のもので、アメンホテップ4世の後のツタンカーメンやアイに継承された都市です。遺構からは、指輪などの宝飾品、彩色陶器、スカラベの護符、アメンホテプ3世の印章入りの泥れんがなどが出土しました。保存状態の良い大規模な都市遺構で、壁はほぼ完全に残り、各室内には日用品がたくさんあったといわれています。

 

この遺跡を来年2月にルクソールで実際に見られることは何よりも楽しみです。エジプトではまだ未発掘のミイラや都市が数多くあることは間違いありません。古代ミステリーの謎解きの旅は今からワクワクです。謎のアメンホテップ4世が遷都したアマルナではどのような政治をアメンホテップ4世は司ったのでしょうか。

 

林信二郎氏の遺稿ではアメンホテップ4世は民生の福祉と安定に努め、悪い地主や軍人、官吏などの舌を抜き、針の山や熱湯刑で殺さず悪を懲らしめ、エンマ大王として悪人からは恐れられたとされています。そして旧約聖書にでてきますパロ王は、17年後にクーデターを起こし、アメンホテップ4世をシリアのマリにて、火あぶりにし、生き不動の姿でカミサル(他界)とあります。そしてパロ王は幼いツタンカーメン王の国政を握り、アトン神をやめさせて、テーベの都で太陽神に戻しました。。。。。。

 

歴史の真相は誰にもわからない。歴史は自由に書き換えができるからです。そんな歴史を探求するのはばかげているかもしれませんが、ロマンがあって楽しくはありませんか。