三和 導代 です。
昨日のニュースでフランス人俳優アランドロン氏のかつての妻であったモロッコ出身のナタリー・ドロンさんがパリで亡くなった報道を読みました。アランドロンは現在85才で既に俳優を引退しています。お若い方はご存知ないかもしれませんが、かつて日本ではアランドロンの人気は女性のおば様方の間での人気は相当なものでした。私も若い当時は演技力よりあのハンサムな容貌にとても憧れた時代がありました。
そして私が30才そこそこのまだ海外添乗員になりたての頃に仕事が回ってきたのが、アランドロンツアーでした。昔はやっていたロンパリローマ、アランドロンツアーでした。つまりロンドン2泊、パリ2泊、ローマ2泊、当時はまだアンカレッジ経由、3カ国の首都のみを回る初心者向けのツアー。冬の間のとても安いツアーで免税品店の立ち寄りは必須、オプショナルツアーが満載のツアーでした。つまり表向きはとても安い、でもお食事や観光は各都市半日だけしか含まれていません。後は別料金という設定です。そしてツアーの目玉はパリのホテルでアランドロンと夕食というキャッチフレーズです。
私はその当時はまだ経験が少なかったため、冬のツアーの少ない時期で、しかも憧れのアランドロンツアーと聞いて、何の抵抗もなくその添乗を引き受けました。しかしこれが私の人生の中で一番衝撃的なツアーとなりました。安いこととアランドロンの魅力での参加客の9割がおば様族(今は私もおば様族でしたが、当時はまだ若かった。)で言いたい放題、それも40人という何と国内旅行並み。いつもいつも人数のカウント。おまけにオプショナルツアーばかりで、申込受付そして集金といやはやホテルの部屋でも飛行機の中でもお金の計算ばかり。このようなツアーは最初で最後でした。
そして楽しみにしていたアランドロンと一緒にディナーをというキャチフレーズはと言いますと。白いスカーフをかけたアランドロンがホテルの夕食会場に登場、席に着くと同時に、写真撮影。この写真撮影はアランドロンと一緒のツーショットで別料金、そしてその後アランドロンは着席後、夕食をせずに退席。そうおば様族と写真撮影のための夕食会場への登場だったのです。既に映画で見ていたアランドロンよりは年齢は超えていましたがでもやはりハンサムでした。
この冬の間のアランドロンツアーは2,3年の間売れに売れたツアーだったと思います。とても格安、そして買い物とオプショナルツアーが一杯。あああああ・・・・・・私はこのツアーの仕事をして様々なことを学びました。仕事と言えども、私にも選ぶ権利がある。この世界はさようなら。そう私は私の望むツアーに行こうと。この体験は私の旅行人生の中で大きな転換期となるツアーでした。
憧れのアランドロンが私に教えてくれた教訓でした。このツアーをきっかけに私は仕事を選ぶことにしようと思ったのです。不思議なことに私は強く決意をしましたので、その後は不思議なくらい順調に私の望むツアーが舞い込むようになったのです。そして最終的には自分の好きなツアーを作って行くという体制になった行くのです。
久々にアランドロンの名前を見て、わが人生を振り返ってみたのです。人生は何が功を奏するかわからない。つまりに人間は体験することにより学ぶのだと思います。辛苦を体験せずには楽しい体験もないということでしょう。アランドロンのファンであった私へのアランドロンからのプレゼントだったのです。