三和 導代 です。
昨晩は2時間近く電話である素敵な女性とお話をしました。高坂和導の知り会いであった女性Tさんで、今から30年ほど前にパートナーのアメリカ人の男性Kさんとよく我が家に来ていた方です。私もよく覚えています。Tさんは私の大学の先輩にあたる方でにもちろん英語も流暢にお話できる素敵な女性です。しかし高坂の他界後、17年ほど会っていませんでした。
そう2年前にアメリカ人のKさんに尋ねたいことがあり、もしかしたらまだ日本にいるのかな?と思いながらもKさんの連絡先はわかりませんでしたので、過去の高坂和導の手帳を開いて20年以上前のTさんの自宅の電話番号を見つけ、電話をかけたことがありました。昔の自宅の電話番号がそのまま通じましたので、まだKさんと一緒に住まれていることがわかりお電話で話すことができました。
それから再会することはなく、そして昨日、私の携帯電話の留守伝にTさんの元気またかけますとメッセージがありました。私から何度かけ直しましたが全くつながらず、どうしたのだろうと心配していた矢先にTさんが再度私に電話をかけてくれました。何と、Tさんがガンで亡くなったというお知らせでした。4か月前にガンは発見されたそうですが、既に手遅れの末期の状態で、自宅静養の後、突然悪化しホスピスに入る道しかなく、それを拒否し自宅静養。そして25日に病院に運ばれ、集中治療室でまもなく他界されたそうです。享年68歳、まだまだお若いかったです。
亡くなったアメリカ人のTさんは姿かたちはもちろんアメリカ人でしたが、宇宙人情報や竹内文書に非常に興味をもった魂は実に日本的な人で、竹内文書の英語版の映像を制作したいということで度々我が家を訪れ、皇祖皇太神宮も訪れ、サモンコールとのコンタクトマンであった藤原由人氏と高坂を通して交流したりと、今考えますとお若い頃から高坂が研究していた分野と同じものを見つめていた人だったかもしれません。とてもハンサムで素敵な方でした。しかしこのような活動は一般社会では大変困難をきたす人生となる可能性も高いのです。
パートナーであった日本人女性のTさんがなぜずっと疎遠であった私に電話をくれたのでしょうか?Tさんの遺体が病院からKさんが自宅に戻り、他の方にまったく誰にも連絡をしていないのに最初の電話が私だったのです。TさんはKさんに静養中にも、口での暴力を非常に後悔していました。愛し合いながらも時には悪態をつくとういうカップルは世間では山のようにいるかと思います。そしてパートナーが他界して、初めて言霊の暴力を後悔するのです。まさに昔の私の姿そのものがTさんのように思えました。
私は高坂が他界して、この見える世界と見えない世界、生の世界と死の世界を多く学ぶことができました。肉体は滅びても魂は魂はまだまだ生き続けている。まだ他界して3日目のことでしたので。TさんはKさんが肉体から解放されて霊体として今、生前の仲間にご挨拶に回っていること、そしてTさんが言葉の暴力を後悔していることも、でもずっとTさんがKさんを愛していたことも全てお見通しですよと。本当に親しい人だけで見送ってあげるのが一番良いことも。TさんはKさんの思いは理解することはできなくても、Kさんには全て通じているので全く心配がないことなどなど、2時間近くの長電話でした。
肉体が亡くなるというのは実に寂しいこと、でもTさんはガンで犯された肉体を脱し、これからは霊体となって自由に活動できることも。
Tさんがなぜ私に電話をかけたくなったか?本当に不思議とTさんが電話口で言ってました。その理由はKさんのTさんに対する優しさであったと思っています。ありがとう、気持ちは十分わかっているからね。というTさんのメッセージだと私は思っています。
そんな中でTさんとエイリアンの話題となり、Tさんは私に昔、アメリカインディアンの酋長の通訳をした時の面白いエピソードを聞かせてくれました。どこのインディアンかはわかりませんが、その酋長は異星人とコンタクトをして額のチャクラ?から異星人から叡智を授かり、それを部族の人々に伝えていたそうです。でもそのことは秘密にしていたそうです。その叡智は並み離れていたものでしたので大変酋長は尊敬されていた存在となっていたので、真実は外には語られなかったそうです。
地球以外で文明が進んでいる異星は沢山あるかと思います。20世紀から21世紀にかけての地球上でも進歩の速度は並み離れたものがあります。おそらく秘密裡に得た異星からの叡智が秘密ルートでこの地球上に伝えられたに違いないと思っていましたので、アメリカインディアンの酋長のエピソードはまさに真理をついたもののように思えてなりません。
落ち着いてからTさんと再会することを約束して電話を切りました。そう2週間前も20年以上も私のツアーに来てくださったカップルの奥様が他界し、悲しみのどん底にいたご主人と再会し4時間話し込みました。いつも一緒ですよ。でもいつまでも悲しんでいたら、奥様はもっと悲しいですよ。またツアーに行ったら、奥様もきっと一緒についてこられますよと。私のセールストークではありません。残された人々の悲しい姿は見たくないですものね。
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