でお馴染み「鬼滅の刃」みなさんご存知でしょうか。
令和を象徴するように今も社会現象を巻き起こし、今やこの漫画の存在を知らない日本人は少なくなっているでしょう。
ちなみに私はアニメは1期しか視聴していないので、ここでは詳しく突っ込んだ話はしません。あ、鱗滝さんが推しです。
帯にすでに「鬼滅の刃」の名前がありますね。
この本は「そもそも鬼って何?」という疑問から、日本で「鬼」と一緒くたにされた存在たち、そして鬼に関する聖地巡礼まで、鬼に関することを網羅した入門書となっています。
たとえば「鬼」に関する民俗学を取り上げるだけでも掘り下げれば掘り下げるほどキリがない分野です。それは柳田國男の「遠野物語」を思い出してくださればわかると思います。人が一生かけても網羅できない分野、それが「鬼」ひいては「怪異」というものなのです。
「鬼滅の刃」で鬼に興味を持って民俗学に手を出す人もきっと増えていることでしょうし、それが嬉しいことですが、きちんとした入門書を選ばないと痛い目を見ることでしょう。
その点、人気コンテンツにあやかったこの本は入門書にピッタリだと思います。
じゃあ、そもそも鬼とはなんなのか。
その認識は、実は歴史とともに変遷してきたものなのです。
たとえば古代の鬼は「よくわからんもの」であり、異民族も異邦民もいっしょくたに「鬼」と呼ばれていました。せっかく遠路はるばる日本にやってきた外国人になんて呼び草だ!と現代では思うものの、まあ昔の日本なんてこんなもんでしょう。
そして平安時代は「人前にはっきり姿を現さないもの」となり、鬼のエレクトリカルパレードこと百鬼夜行が噂されたのもこの頃です。そして、そんな鬼を「破!」と退散した陰陽師がヒューチャーされたことも有名ですね。
そして南北朝時代には源頼光が酒呑童子をやっつけた物語で熱狂。そのまま江戸時代に移ります。
江戸時代でも鬼は怪異として恐れられ、お岩さんや火車などの有名なエピソードも増えてきます。
そして現代まで、鬼とは「人の心の闇に巣くう「魔」の形象化」として受け継がれていると著者はいいます。たとえば令和の時代でも猟奇的な殺人犯は「殺人鬼」と呼ばれていますね。
このように鬼は現代まで変遷し、継承されてきたのです。なんだか不思議ですね。
以下はこの本で個人的にびっくりした豆知識です。
鬼滅の刃の顔、カリスマ、パワハラ上司etc。そんなイメージのあるあのひと、「鬼舞辻無惨」はご存知でしょうか。もちろん鬼滅を知っている人は知っていますよね?
鬼舞辻無惨(以下無惨さま)は全ての鬼の始祖であり、もともと平安時代の人間で、なんやかんやあって鬼となり、作中時代の大正まで生きながらえている、という存在です。
そしてこの無惨さま、歴史的にも鬼として非常に珍しい存在であると著者はいいます。
鬼が生まれた古代から令和の時代に至るまで、なんと「1000年も長生きした」鬼はいなかったというのです。まあ人ではない存在なので長生きではあるんでしょうが、1000年なんて生きた鬼の逸話・伝説は見受けられないと著者はいいます。
とはいえ無惨さまにモデルがいないわけではない。その存在は、「八百比丘尼」と著者は推測しています。
「八百比丘尼」とは、伝説的ホラゲの「SIREN」にふれたことのある方ならご存知かもしれませんが、人魚の肉を食べてしまい不老長寿となった美少女の伝説です。変な伝承ではありますが、鬼ではありません。
本当に吾峠呼世晴さん(鬼滅の作家さん)が八百比丘尼と既存の鬼のハイブリットを意識しているかわかりませんが、無敵に無敵を混ぜた無敵な無惨さまに立ち向かう鬼殺隊、というバトルはやっぱり燃えますね。
鬼滅の刃の原作ははすでに完結しているので、無敵な無惨さまがどうなっちゃうのか、マンガを買って読んでくださいね。
私も未読なので読んでみようと思います。
……と、次の読書が決まったところで今日はこの辺で。読んでくださってありがとうございました!
<概要>
鬼は時代の境目に現れる。古(いにしえ)より、鬼と喰うか喰われるかの「戦い」をしてきた日本人。数多くの伝承・伝説・説話・芸能・絵画などが物語る「鬼」の実像に迫り、現在の鬼滅ブームに至る過程を民俗学的に読み解いていく本。