多作にして多弁
そして雄弁にして詭弁。危険にして未見。それが――私、ぽんぽこ。
って書くと西尾維新さんっぽくないですか?それとも那須きのこさんですか?ちょっと前のラノベっぽい感じしませんか?これわかってくれるの二十代半ば以上の人くらいですよねこんにちは。
私が若いころ、ティーンの読書家は必ず西尾維新を通ると言われていました。そして彼らの文章という文章はだいたい西尾維新っぽい言葉遊びだらけになっていたものです。なので私も当時の日記とか読み返したくないです。西尾維新さんのなりそこない文ばっかりですから。
ちなみに西尾維新さんっぽく書くには、文章に傍点をたくさんつけ、できるだけ二字熟語で韻を踏んで、体言止めをするのがコツです。ダッシュ(——)をつけすぎると――――――――――
――――――――――那須きのこさんっぽくなります。
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さて、今回ご紹介する本は西尾維新さんの代表作の一つ、「掟上今日子さんの備忘録」です!
こちらは単行本版、VOFANさんのイラストのもの。
こちらは文庫本版のくろのくろさんのイラストのもの。
単行本版の表紙ががっつり西尾維新さん的ラノベ色を押し出しているのに、文庫本版でぐっとライト文芸感を出しているのが面白いですね。文庫本版ではキャラでなく背景をメインに据えているのもポイントです。
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さて、こちらのシリーズの概要を。
このシリーズのだいたいの主人公は、やたら犯人扱いされがちな大男・隠館厄介。今日も今日とて容疑者扱いされている彼は、都度探偵を頼るのを忘れません。その頼もしい探偵の一人が「忘却探偵」の掟上今日子さん。
今日子さんは記憶が一日しか持たず、寝て起きたら記憶がリセットされるという体質があります。その体質を生かして「最速の探偵」をウリにしている彼女に降りかかるたくさんの難題。さあ、今日子さんはどうやって解決する?
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おや?なんだか西尾維新さんっぽくないくらい堅実なミステリじゃないか?とお考えの方、ちょっと鋭いです。
西尾維新さんはこの作品以前は、「戯言シリーズ」「零崎シリーズ」「物語シリーズ」など、「超人的につよつよな登場人物が超人的につよつよな敵とドンバチする」話が多かったのです。例外としては戯言シリーズの初期作品、それこそ「クビキリサイクル」とかでしょうか。
その作風に広がりが見えてきたのが、この「忘却探偵」シリーズの刊行だったと考えます。
あらすじの通り、このシリーズはかなり手堅いミステリとなっています。「記憶がリセットされる」という設定も、非現実的なほどでもないですし、ほかの方の作品でもよく見られるモティーフです(有名なところは小川洋子さんの「博士の愛した数式」ですね)。
西尾維新さんはこの作品の刊行後、「美少年探偵団」や「ヴェールドマン仮説」など、西尾色を残しつつ堅実なミステリ作品をさくさん執筆します。意外にも、戯言シリーズの延長線上にある「人類最強のsweetheart」も、同じく万人受けする作風になっています。
よって、この「忘却探偵」シリーズが西尾さんのターニングポイントになっていると思います。「西尾作品を読んでみたいけどアクが強いのはちょっと」という方は、新しいシリーズから始めるのをお勧めします。
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さて。じゃあ今日子さんって何者なの?というと。
今日子さんは記憶が一日しか持たない体質と書きましたが、この手の設定にありがちなお涙頂戴なメランコリックさは皆無です。今日子さんは終始明るいですし、「忘却ジョーク」みたいな軽口さえたたいたりしています。
例えば。今日子さんって付き合っている人いないの?と厄介がそれとなく聞いたシーンでの、今日子さんの回答はこちら。
あっけらかんと今日子さんは答えた。
「だって私、だれかを好きになっても、すぐ忘れちゃうんですもん」
これ、厄介も相当リアクションに困っただろうなあ……
なんだかアレですね。「五体不満足」の乙武洋匡さんによる「四肢がない人あるあるジョーク」に通ずるものがありますね。慣れてしまえば笑えるのですが、知らない人が見たら不謹慎に見えるアレです。
実際今日子さんはほかにも「記憶消えちゃうジョーク」みたいなのを言って場を和ませるタイプの人です。もちろん周りは困っています。付き合いの長い厄介でさえ「こう言ってるけど今日子さん本当はどう思っているんだろう……」と深読みして落ち込んでいる始末。
もちろん今日子さんは探偵なので、探偵らしくドライなところもあります。仕事に私情は挟みませんし、犯人はおろか関係者誰にも同情なんていう感傷的なことはしません。まあ持ち時間が一日しかないわけですから、いちいち感傷的になっていたらいつまでたっても仕事終わりませんからね。
その代わり、感傷的な気分になるのは厄介が担当してくれます。厄介は非常に感じ入りやすい人間なので、さまざまな人、とくに今日子さんに同情して悲しんで気持ちに寄り添ってくれます。
ドライな今日子さんとウェットな厄介、そのバランスがまたこの作品の魅力なんですよね。
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ちなみにこのシリーズ、まだまだたくさんでています。基本的にどの本から読んでもいいと思うのですが、後半に進むにつれて、今日子さんについて核心に近づいているので、そこだけ気を付けてください。
ちなみにちなみに、この作品、ちょっと前にドラマ化して話題にもなりました。だってガッキーが主演ですから。
そんなん可愛いに決まってますから。厄介だって岡田将生君ですから。美男美女ですから。見てるだけで眼福です。ていうかガッキー可愛い……星野源さんがうらやましいな……いいなあ……
とこっちが感傷的になりつつ、今回はこのへんで。お読みいただきありがとうございました!
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以下リンクです。
掟上今日子の備忘録 (講談社文庫) | 西尾 維新 |本 | 通販 | Amazon
あらすじ
眠ると記憶を失う名探偵・掟上今日子。彼女のもとに最先端の映像研究所で起きた機密データ盗難事件の依頼がもたらされる。容疑者は4人の研究者と事務員・隠館厄介。身体検査でも見つからず、現場は密室。犯人とデータはどこに消えたのか。ミステリー史上もっとも前向きな忘却探偵、「初めまして」の第1巻。
眠ると記憶を失う名探偵・掟上今日子。彼女のもとに最先端の映像研究所で起きた機密データ盗難事件の依頼がもたらされる。容疑者は4人の研究者と事務員・隠館厄介。身体検査でも見つからず、現場は密室。犯人とデータはどこに消えたのか。ミステリー史上もっとも前向きな忘却探偵、「初めまして」の第1巻。