間抜けにしかわからないことだろう
間抜けにわかるなら、あんたも気づけよ
↑ レイモンド・チャンドラー
↓ 有栖川有栖
(オリエント急行の殺人 ハヤカワ文庫版より)
の異文化交流コントをお送りしました。この手の小説には珍しいほどキレッキレの解説、そして文豪チャンドラーに臆せず突っ込むその心意気、さすがは有栖川有栖さんですね。
というわけでごきげんよう。みなさんミステリは好きですか?私は今でも大好きなのですが、一時期狂ったように読んでいたことがありました。学生時代だったのですが、「ハヤカワミステリ文庫」やら「このミス文庫」やらをドサドサと買い込み、国内国外構わずかたっぱしから読んでいたものです。国内だと東野圭吾さんや新本格の人たち、江戸川乱歩や横溝正史、国外ではクリスティやクイーン、ポー、ほかにシノムン・ジョルジュやチェスタトンも読みました。まあポンコツ記憶力なので、ほとんど犯人もトリックも覚えていません。ただクリスティとクイーン、江戸川乱歩と横溝正史は大好きなので定期的に読み返しています。
ちなみに、大学の卒業制作(小説家を目指すゼミでした)では中世ヨーロッパを舞台にした中編ミステリ小説を提出したくらい狂ってました。まるっきり海外古典ミステリたちのオマージュです。雰囲気としては、ポーの作風にラブコメとB級ホラーと愛と勇気と魔法をぶちこみくたくたになるまで煮込んだ感じです。ええもちろん封印しました。二度と日の目を見ることのないよう、たんすの奥深くに眠らせてあります。あれを解放してはいけない……
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というわけで、今回は古典ミステリの女王であるアガサ・クリスティーの「オリエント急行の殺人」をご紹介します!
と、貼って気づきましたが、こちらは新訳バージョンですね。私の持っているのは中村能三さん訳のバージョンです。ほかにもたくさんのレーベルからさまざまなバージョンが出版されていますので、お気に入りの訳者を見つけてくださいね。
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それで、どんなお話かざっくりと。
主人公は言わずと知れた名探偵エルキュール・ポアロです。オリエント急行に乗ることになったポアロは、そこで殺人事件に出くわします。私立探偵のさだめとして事件を解くことになったポアロ。国籍も身分も職業もバラバラな容疑者たちの供述を聞き、やがて真相にたどり着くー-というお話。
ここでキモになってくるのが、被害者の正体です。
被害者は実業家のラチェット。柔和なのに目つきばかりは獰猛で、正直ポアロも「なんかやだなあいつ」と思っていた様子。実際彼は、かつて幼子を誘拐したうえで殺し、投獄をカネで逃れた極悪人でした。「あっ殺されても文句言えねえな」とポアロもなんとなく納得するレベルです。
じゃあその誘拐殺人が今回のラチェット殺しの動機なのか?と思われますが、どっこい、そう簡単にいかないのが面白いところ。
ラチェットの秘書は彼と個人的なかかわりはなく、執事も同様の様子。ほかにはバグダッドで家庭教師をしていた女性、ロシアのブス老婆(ただし金持ち)、コミュ力高めの中年アメリカ人女性、羊っぽいスウェーデン人女性、ハンガリー人の伯爵夫妻、自動車のセールスマン、探偵と、ラチェット殺しの動機はなさそうです。
ではどうして極悪人ラチェットは殺されなくてはならなかったのか?たんなる義憤か?それとも腹いせか?はてまた、おっさん事業家を殺害することに快楽を感じるサイコパスが混ざっていたのか?それは読んでからのおたのしみ!
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と、ここまで内容をざっくりおさらいしてきましたが、ここからは、ネタバレにできるだけ触れないようにしながら語っていきたいと思います。
クリスティ作品のすごいところは、「その界隈の常識をぶっこわす発想」を「堂々と発表した」ところだと思っています。
例えばほかに「アクロイド殺し」という作品があるのですが、こちらも、まあ賛否両論(否多め)でミステリ界隈を今もざわつかせる伝説の作品です。「こんなのやられたらなんでもアリじゃねえか!」っていうわけです。しかもただ突飛なだけでなく、トリックは論理的で文体もロジカル、登場キャラがみんな個性的と面白要素てんこ盛りなので、「でも面白いからいいんじゃね?」みたいな意見も多いです。
今回のこの作品も例にもれずぶっ飛び真相で、見出しの通りレイモンド・チャンドラーも「ぐぬぬ」と負け惜しみしています。チャンドラーはごりっごりなハードボイルド作家なので、堅実でないトリックはあまり好まなかったのかもしれませんね。
というわけでクリスティの魅力は「ノックスの十戒?んなもん知るか!」という、対ミステリ愛好家に特化した意外性です。
これは有栖川有栖さんも解説で書いていますが、あんまりミステリ小説を読まなかった人はあっさり真相を見破ってしまうんじゃないかなあと思います。二時間サスペンスで「宮川一朗太さんの役は犯人」みたいなメタ読みされるとアウトです。アニメだと「石田彰さんの役は信用しちゃいけない」みたいなもんです。
そんなこんなの事情もあり、映画版を見たジョニー・デップのファンは「なんか妙に登場人物多かったけどやたらキャストが豪華」という印象があったでしょう。私は映画版も好きなんですが、やっぱりそういう見方をしちゃうんですよね。
総括しますと、この作品はほかの定番ミステリを読んでから手を出すのがいいかと思います。ここでご紹介しておいてアレなんですけどね。
逆に言えば、国内海外問わずミステリ作品をがっつり読んできている、もしくはミステリードラマや映画が大好き、コナンや金田一少年などの愛読者、などなどは手に取るべき作品です。東野圭吾さんや宮部みゆきさんの作品は読むけど海外作品はハードル高いな……と思っている人にこそ読んでほしい一冊です。言ったら各所から怒られそうですが、私はホームズシリーズより好きです。
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ちなみにこの作品、「赤い着物」がキーアイテムとして出てくるのですが、クリスティ自身は特に日本に特別な関心があったわけではないそうです。これ豆知識です。
日本のことよく知らないのに着物を書くというふんわりさにちょっぴり親近感を覚えつつ、今回はこのへんで。お読みいただきありがとうございました!
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あらすじ
冬の欧州を走る豪華列車オリエント急行には、国籍も身分も様々な乗客が乗り込んでいた。奇妙な雰囲気に包まれたその車内で、いわくありげな老富豪が無残な刺殺体で発見される。偶然乗り合わせた名探偵ポアロが捜査に乗り出すが、すべての乗客には完璧なアリバイが……ミステリの魅力が詰まった永遠の名作の新訳版。