

高校時代は部活でバスケットざんまいの日々で、家に帰ると、すぐにバタン。勉強もしなかったし、授業中に寝ていたことも。そんな私が変わるきっかけがありました。AKB48のオーディションに合格したのは高校2年生のとき。研究生になるための歌やダンスのレッスンがあるのですが、京都在住の私は毎週、東京まで通わなくてはなりません。当時、交通費は自己負担でした。
そんなとき母が東京の安いビジネスホテルを探してくれたり、パートと新聞配達をしてくれたり、支えてくれたんです。「もう私だけの夢じゃない」。そう思った時、私の中で、歌手になるという目標がはっきり見えるようになりました。
東京の子と比べると、高速バスで移動する時間の分だけ、練習の時間が少なくなります。だから、早起きをして、学校から帰宅後も、練習しました。自分の目標が見えたから、努力できたんです。
責任感も生まれました。ライブでひとりが間違えると、みんなの足を引っ張ってしまいます。迷惑をかけてはいけないと全力でがんばりました。研究生時代、3人だけコンサートに出してもらえなかったときは、何がダメなのか、どうしたら出させてもらえるのか、必死で考えました。
研究生から正規メンバーに昇格しても、新しい歌を覚えたり、ダンスを覚えたりしなくてはなりません。自分だけリハーサルが必要で、疲れている先輩たちを練習に付き合わせてしまったことに、すごく迷惑をかけた気がして、いたたまれない思いでした。
そんな私のことに気づいた先輩の峯岸みなみさんが「みんな迷惑だと思っていないよ」と話しかけてくれました。その一言で気が楽になって練習を続けることができました。
先日、体調を崩してコンサートを休んでしまいました。最近まで兼任していた大阪のNMBのコンサートに、私が初めて出演するときでした。スケジュール的にきつい時だったんですが、負けず嫌いの私はやり切って、みんなを驚かせてやろうって張り切っていました。ところが、気合だけじゃダメで……。仲間やファンの人たちに迷惑をかけてしまったという悔しい思いでいっぱいになり、その後、総監督のたかみな(高橋みなみ)さんの前で大泣きしました。
だけど、この「悔しい」という思いを大切にしています。悔しいのは一生懸命にがんばっているから。がんばっていないと悔しさは起こらない。がんばったから、今の自分がある。私がAKB48に入って一番学んだことです。
座右の銘は「他人と過去は変えられないけど、自分と未来は変えられる」です。中学生の時の先生の言葉ですが、20歳になって、とても実感できるようになりました。
■番記者から
一見、おっとりした印象だが、インタビューを始めると、芯の強さが伝わってきた。AKB48では9期生。同期の中で、もっとも速く研究生から正規メンバーに昇格したが、仲間からは「由依だから先を越されても納得できた」と言われるほどの努力家だ。総監督の高橋みなみさんは落ち込んでいると、「どうした」声をかけてきてくれる頼もしい先輩という。「たかみなさんは私にとって神様ですよ」。今は、高橋さんから受けたような励ましを研究生たちにしてあげたいと、成長した一面も見せていた。
総選挙では2回連続選抜入り。選挙結果の発表では、2年続けて、体をふらつかせ、大泣きした。「あんなに泣くことはめったにないんですけど、すごくうれしかったです。選挙で自分がファンに支えられていることがわかりました」。6月8日に行われる第5回総選挙でも、選抜入りの有力候補だ。(大西元博)