〜たゆたう時を愉しむ〜 -18ページ目

〜たゆたう時を愉しむ〜

以前は、娘と私の記録でしたが、娘も社会人となりましたので、過去のブログは削除しました。
これからは自分時間の記録です。

1月も終わりそうなので、記録の意味も込めて20歳の娘の成長?を書き記しとこうと思います。

ブログタイトルが、紛らわしいけど、映画の感想ではありませんのでニコニコニコニコ


今月、「20歳の集い」があり、娘はそれに合わせて帰省しました。

秋に前撮りがすみ、写真も出来上がり、もう当日、風邪ひこうが、大雪になろうが、帰省しないならそれでもいいや、と私だけで思っていましたが、何事も無く当日を迎えました。


先輩ママさんから、式典会場では、中学校別に写真撮影があったよ、と聞いてたので、少し気になっていたのです。

中1の半ばから卒業まで学校行けなかったので、どうなんだろ、、真顔とね。


結果から言うと、色んなスケジュールがありすぎて、分刻みの移動🚗³₃で、

クローバー会場で記念品をもらい、

クローバー幼稚園一緒だった子と写真を撮り、

クローバー五月雨登校のとき、別室まで給食を運んでくれていた友人とも写真を撮り、

クローバー赤ん坊の時からの幼なじみの住む市へ移動し🚗³₃、赤ちゃんの時の一緒の写真を持って、同じアングルで写真撮影したり、

クローバー隙間時間に父親と写真

クローバー私の実家で、お祝い会をしてもらい

クローバー翌日、旦那さんの実家まで移動🚗³₃し、義母と対面

最寄り駅で、バイト先の仲間たちにお土産買って帰っていきました。

式典会場では中に入らず、外で写真撮影したりして、30分くらいの滞在時間でした。


朝から着付けしてもらった振袖も、自分でたためるようになっていてニコニコちゃんと学校で学んだのね〜と嬉しく思いました。


専門学校での2年間は、最初は毎朝起こすために電話していたっけ、、指差し

学校生活は慣れなくて、LINEで話をきいてあげてました。

アルバイトと、インターンシップ両方をしだした頃からは、もうそんな事も必要なくなり、

中高と、腹痛で、公共の乗り物にも乗れなかった娘は、

就活の面接に、ひとり東京まで行ってお泊まりして帰ってくるようになりました。


しかし私は、胸の中は、心配でザワザワ。

「ホテル着いたらLINEして!」とか

博多でストーカー殺人があった時は、「寮から出らんでー危ないけん!」とLINEし泣き笑い

「でっかい台風🌀直撃しそうよ!」とか

「明日は大雪だから、注意」とかね。

さぞ、めんどくさい母親だったろうと思います。


そんな日々もあと少しです、3月に卒業。

今回の帰省中、2人で🚗³₃移動した時間、2日間で10時間近くあったのですがチーンチーン

その時に学校の話をきくと、結構辞めた子が多かったとか。

1年生の時、出席番号が10番だったけど、2年になるとき、5番になってたポーンと。

「みんな色々あるよね〜、○○ちゃん、よく頑張ったね〜〜」と賞賛の言葉を惜しげも無くかけたような気がします。


娘の場合は、家を出て、それまでの色んな事を忘れてはいないけど、リスタートのような気持ちで学生生活が送れて良かったのかなと思います。

「わたし、前、不登校だったんですー」とバイト仲間に自分から言えて、そこからは、親の干渉の無い、自分で築いていった人間関係、友人達の中で、あれこれ学んでるのかと考えてます。

また、学校の授業と、インターンシップ先のホテルと、今のアルバイトでは、ホスピタリティを育ててもらったなぁと実感しています。


2年間で会って話したのは数える程でしたが、振袖姿👘の娘を助手席に乗せて、大事に大事に、安全運転で移動しながら、話の数々はとても有意義な時間でした(殆どがネトフリでみた映画の話でしたけど。あ、大奥の話もだった)

でもね、、、もう長時間の運転はしんどい。

翌日、抜け殻みたいになりました真顔真顔真顔