蘆花恒春園(ろかこうしゅんえん)は、武蔵野を愛した文豪徳冨蘆花(健次郎)と愛子夫人が、後半生を過ごした住まいと庭、それに夫妻の墓地を中心とした恒春園区域とその周辺の花の丘、児童公園、アスレチック広場、ドッグラン等の施設の開放公園区域で構成された都立公園です。
夫妻は明治40年に東京の青山からこの地に移住し、この地を「恒春園」と称し、蘆花が昭和2年に逝去するまでの約20年間、晴耕雨読の生活を送り、昭和11年の蘆花没後10周年忌に際し、愛子夫人は、当時の家屋、耕地など旧邸地の一切を東京市に寄贈し、市では昭和13年、夫人の意向に沿って、武蔵野の風景を保存し、公園として公開を開始し、昭和の終わりの改修を経て現在に至っているそうです。
恒春園区域
開放公園区域