博士として | 悩めるブログ ~工場で働く理学博士のブログ~

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いろいろ考えて生きているんですよ…

2011年春から工場に転勤。
→ブログタイトル変更

思いっきり博士として就職された方々のブログの流れに乗り遅れました。
学位の申請書類ってめんどくさいですね。

さて本題ですが、
ktatchyさんのブログ やikkettieさんのブログ
そしてこれらの記事の元になったlanzentraegerさんのブログ などで、
博士の就職について熱く書かれています。

みなさんすでに就職された方々なので、
これから就職する博士見習いとして思うことを書きたいと思います。

まず自分が博士課程になぜ進んだのか?という点から書かないといけないのかもしれません。
というのも、博士に進むには自ずと「それなりの理由」がないと行けないものです。
勿論「就活に失敗してやむなく」という理由の方もいるとは思いますが、
まぁ少なからず理由というものはあるのです。

俺の場合はここで時々書いていますが、
与えられたテーマに対し、自分の手で完結させたい。
という理由であり、特別その先を考えていたわけではありません。
ま、危険物やフォークリフトの資格を取って、
最悪には備えましたけど。

で、就職するに当たって考えたことは、
アカデミアで生き抜くには?
とうことです。
ポスドク→助手・助教→パーマネント職
というステップが一般的でしょうか?
最期まで生き残れるのはわずかです。

俺の場合進学した理由が進学した理由なので、
特別海外に行ってまで研究を究めたいとかは思いませんでした。
日本とは異なり、アメリカなどではポスドクやテクニシャンとして生きて行くことが可能です。
しかし日本は違う。

アカデミックに生きるには先輩や後輩はライバルになるのです。
その点俺は恵まれていました。
先輩や助教、ポスドクが優秀な方ばかりでした。
はっきり俺は、彼らと争ってはアカデミアで生き抜けないと自覚しました。

したがって早い段階で民間に行くことを決めました。

では民間に行くとはどういうことなのか?

少なくとも最期まで研究者でいることはアカデミックでも民間でも少数です。
マネジメントの仕事が最期に行き着く先です。
教授の予算取りの仕事なんかはいい例です。

俺はそこで考えました。
どうせ最期まで研究者でいられないのなら、
研究に固執するのはやめよう、と。

だから金融業界やコンサルタント、製薬の臨床開発職などさまざま受けました。
結果的には大手食品会社で研究(の予定)で採用されましたけど。

受ける業界において、博士(仮)である自分はこんなことが出来る!というアピールはしましたが、
もしかしたらこういうことをしている段階で【博士のプライド】なんてものはなかったのかもしれません。
【博士としての危機感】はタップリ持ってましたけど。

「柔軟性」に関しても、1つのことに固執してきた(ずっと同じ研究ということで)割りに、
こうして任された仕事はなんでもやりますよ?的に就活したおかげで「ある」と思われたのでしょうか?
よくわからないところですが。

就活をして俺は満足しています。
確かに自分の研究には関係のない仕事をやることになりますが、
だから何なんでしょうか?
自分の研究と同じようなことが出来る人は極々わずかです。
違うところ、違うテーマでどれだけ頑張るか、頑張るつもりか、を就活では試されている気がします。

俺の思うところとして、
確かに国の制度や支援、企業や研究機関の考え方は博士にとって良いモノではありません。
しかしその現状をどうにかしようとしたって、就活をする博士にはどうしようもないことです。
どうにかしなけらばならないと動くのは我々のような就職先の決まった博士や、
すでに働き始めた博士がやることだと考えています。
したがって現状でベストを尽くすことだけを考えて就活をすべきだと思っています。
研究でも同じではありませんか?

まとまりがなくなってきたので、最後に。
結局問題なのは「博士が博士を意識しすぎる」事のような気が最近はします。
確かに欧米に比べて待遇は悪い。
待遇改善を訴えるのも必要ですが、
Ph Dは世界で通用するものなので、
良い待遇を求めるならば海を渡ればいい。
ココ日本で生きていくことを決めたのならば、
「年食った新人」と割り切って就活すべきでしょう。
所詮博士号なんて足裏の米粒なんですから
自分の内定先はあまり博士を意識してません。
食品会社ですが例年博士も採用しています。
結局修士だ博士だという基準ではなく、個人が採用基準だそうです。
そういう企業が多いのか少ないのかは分かりませんが、
(博士お断りのところもありましたからね)
博士にあって修士に無いものは「学位」だけだと思っていればいいのではないでしょうか?
「プライド」なんてものはコミュニケーションの邪魔でしかありません。
博士の就職を困難にしているのは、実は「学位」なのではなく、
その「プライド」だと思っています。