三十六計逃げずに如かず | 悩めるブログ ~工場で働く理学博士のブログ~

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いろいろ考えて生きているんですよ…

2011年春から工場に転勤。
→ブログタイトル変更

今日もブログサーフィンしていたところ、ktatchy さんやikettie さんが「ドロップアウト」について書かれていた。
個人的には身近なところでこういう人がいたりしたので、思うことはある。

鬱になってしまう学生は少なくないが、
ココ(博士課程)まで来ている自分の場合で考えると、
彼らとは何が違うのか?
彼らとの比較は簡単には出来ないが、
自分に当てはまることを考えてみた。

1.研究室(もしくはボス)に不満など特に無く、上手くやれている。
2.常に支えてくれた人がいる。
3.心に引っかかるアドバイスがあった。

1についてはある意味研究・勉強をやり抜くためには必須かもしれない。
プレッシャーが余りに強い研究室だったなら今の自分はいなかったかもしれない。

2については母である。
時々このブログでも出てくるが、彼女は精神科の病院の看護士だ。
鬱でどうしようもなくなる前、キツイと思ったらすぐにでも帰って来いと常に言ってくれた。
それを突っぱねるようではきっとダメになっていただろう。
素直に受け入れてこそのアドバイスだ。
幸い俺はこの母の言葉に甘えることは無かったが、やはり若い人が最近は多いらしい。

3については昔ラジオで流れた言葉。
昔ニッポン放送の土曜日深夜に、「ドリアン助川の正義のラジオジャンベルジャン 」という番組があった。
俺が中高生の頃の話。
ヘビーリスナーで何度かFAXも読まれたことがあった。
そんなラジオ番組でドリアン助川(明川哲也) 氏が言った。

「どうしてもキツかったら逃げろ。」

いじめられっ子に対しての言葉だったが、これは斬新だった。
やられたらやり返せ、男なら逃げるなと言われ続けてきた自分にとって、
逃げるなんて選択肢は毛頭無かった。
しかし逃げてもいいのだ。
自分がこのままではダメだ、やり直しが必要だと思ったら逃げればいいのだ。

2や3があったから逆に研究に打ち込んでこれた。
わざわざ自分の人生に背水の陣を敷く必要はないのだ。
三十六計逃げずに如かず
勝ち目のない戦からは逃げればいい。

その上で、その後の策があればなお良い。


俺が知っている人は「その後の策」があった。
確かに過去を知る人たちからすれば、変わった目で見られるかもしれない。
しかしそれはいじめられっ子も同じ。
新しい環境であれば見る目は変る。
転じた先で上手く行けばいいのだ。

ktatchyさんも書かれていたが、大学院は何かを学ぶ場所。
学ぶものは人それぞれ。
研究の世界はウンザリだということを学んだ人もいるでしょう。

逃げたって構わないのです。



ただし、
「三十六計逃げずに如かず」は、
【無理に戦って傷を広げるより、逃げて力を温存し、機会を伺って攻めるためのもの】
です。
逃げてばかりでは何も打開されないのも事実です。