小学3年の冬にフルートを習い始め、あれよあれよとのめり込み気がついたら20年も経っていました。


それまではサッカー少年という凡そ音楽とは結びつかないようなものをやっていました。


フルートを知ったきっかけはテレビドラマの「のだめカンタービレ」と「悪魔が来りて笛を吹く」の影響を受けて興味を持ちました。音色の良さに心奪われいつの間にか始めていました。



そこから音楽人生が始まり気がつけばサッカーも辞めフルートに集中するようになりました。


中学の頃、現代のトッププレイヤーのE.パユが来日され奇跡的に生で演奏を聞けるとなり、その時先生の提案でパユが演奏する1曲を勉強してみようと言うことでドップラーのハンガリー田園幻想曲をやりました。そこでまた熱が込み上げ、本格的に勉強したいということで音楽大学を目指し高校時代は音楽の勉強に捧げました。


高校時代は人前で演奏することに慣れるという意味でコンサートなどに出演することが増えたのですが、やはり緊張で演奏はガタガタで好きだった音楽が形を変えて襲ってきました。

しかし、少しすると何となく慣れ始め高校最後の冬、静岡県のフルートコンクールに出場したら入賞することができ大学進学へ大きな弾みになりました。


その後、地元のコンクールで入賞したし大丈夫だろという慢心があった入学当初それは音を立てて崩れました。練習室で聞こえてくる音楽はどれも自分にはできないもので、ようやく世界の広さに気づきました。


そこからは朝から晩まで文字通り練習室に引きこもってひたすら練習していました。

それでも実力差は埋まらずもがいていました。試験では教授陣の前で演奏するのですが、これまで経験したことない緊張を感じ本当にやっていけるのか不安にもなりました。


それでも自分には特別才能がある訳でも経験が沢山ある訳でもないから、地道に積み重ねるしかないと思い必死で勉強しました。


しかし、大学4年の頃体調を大きく崩し休学することになりました。本当にどうしようもなく、その日を乗り越えるので精一杯でした。


何とか1年で復帰して残った単位を埋めるように講義に参加しレッスンを受けてきました。


卒業後は一般的な仕事をしていましたが、そうなると音楽に割く時間がなくなり次第に吹かなくなりました。それでも、たまに楽器を出してやりたい曲をやるという楽しみ方をしていました。


しかし、昨年末に実家の裏に喫茶店ができるという張り紙に音楽イベントを開催すると書かれておりせっかくなので覗いてみたら昭和歌謡のような曲調を中心にやっていて、これは違ったかもしれないと思った時に出演者の方が質問してくれて音楽をやっていると伝えたら

「是非楽器を持ってきてやってくれ」

と言われ急いで家に向かったのですが、道中久しぶりだしその前に吹いたのは半年くらい前だったので人前で吹いていいのかという不安もありました。演奏自体、音楽大学卒業した者とは思えないような出来でしたが来ていた人が喜んでくれて嬉しかったです。


そこから出演者の方が他の場所でもやろうと言う話になり今定期的にやらせて貰ってる

・インザフィールドさん

・パリカさん

にも繋がってきます。


そこから転職も成功し、演奏活動も始まり慌ただしい生活になりました。

有難いことに演奏依頼をいただいたり、友達の誘いで演奏会をやったりととても充実していました。


今では固定客や新規のお客様が少し増えだし半年くらいでようやく成果がでてきました。


そして今に至るのですが自分は音楽があったからここまで成長できたなと思っており、逆にあの時サッカーを選んでいたらどうなっていたんだろうとか考えたりします。


しかし、過去の選択を変えることなどできないので進み続けたいと思います。