雑記帳

テーマ:
自転車

あれは中学2年生の夏休みだった、
地元の川で10人ぐらい集まって真昼間から花火をしたり、紙飛行機を飛ばしたり、
エアガンで的当てなんてやっていた。
たくさん遊んで疲れた僕らは、ママチャリに乗って飲み物を買いに行った。

これが全ての始まりだったと思う。

ただ飲み物を買うだけじゃつまらないからと、
狭山市から東京の瑞穂モールまで皆でママチャリで行った。
生まれて始めて自転車で埼玉県を出た日だ。

それから6年後に海外を自転車で走るなんて思ってもなくて、
ただ、仲間と自転車で遠くに行くのが楽しかった。


ギター

ドラムやる!って思ったのは、私の周りにギターとベースを弾いてる奴らがいて、
私がドラムやればバンドができると思ったからだった。
塾で机をボールペンで叩いて練習してたら、先生から煩いと怒られた。
だってしょうがない、私はロックバンドをやりたくてしょうがなかったんだ。

あの頃は川越のクレアモールの地下に石橋楽器があった。
ドラムの値段を見て私は諦めた。
その頃BUMP OF CHICKENが流行ってた。
ダンデライオンという曲を聞いた私はイントロのギターを聞いて、
ギターを弾こうと思った。
14歳の誕生日、父親からお古のアコギを貰った。
モーリスだった。



自転車2

その日の気分次第であちこちに向かった。
地図なんてない、行きたい方向に進むだけだった。
あの頃が一番(旅)をしていたのかもしれない。

仲間と他愛もない会話をしながら、テスト終わりに、さいたま市まで行ったし、
栗橋町の方までも行った。

とある日、所沢を通りすぎ、航空公園を通りすぎ、方角は分からないけど、
気の向くまま走っていたら(新宿町)についた。

私と友人は、
スゲェ!俺ら新宿まで来たんだ!東京都内だなとはしゃいだ。
しかし、そこの新宿は全く栄えていなく、
よくよく調べると、そこは埼玉県川越市の(新宿町 / あらじゅくまち)という所だった。
あの頃、私の中の新宿は川越にあった・・・


ギター2

ギターを弾くきっかけになったBUMP OF CHICKENに私はのめりこんだ。
特にダンデライオンという曲は、いかにもカントリーという曲調だった。
本番のアメリカのカントリーを聞きたいと思ったので、
レッチリや、GREEN DAYに SUM41が人気だった中
私はブラッド・ペイズリーをよく聞いた。

特にME NEITHERという曲にはまった。
DOCOMOのガラケー(P903 I)で音量MAXで流して聞いていたら、
同級生に、オッサンくさいと言われた。

これが私の人生で一番最初に言われた
(オッサンくさい)という台詞である 。
14歳を迎える少し前だった・・・


バンド活動

給食を食べたらすぐに音楽室へ向かいクラシックギターを手にした。
それが日常だった。
他にもギターを弾く仲間はいたし、ベースやドラムを始める人も出てきた。
気付けばバンドを組んでいた。
新所沢の山村楽器のスタジオに始めて入った時はドキドキした。


始めて買ったエレキギターは、エピフォンのレスポールjrだった、
そいつにシールドを挿してアンプに繋げて、
ろくに理解もしていないスケールを弾いて合わせたりした。
結局はドラムの音が大きすぎて、僕らの音は全く聞こえなかったのだ。



卒業旅行

中学3年生の9月、友人と3人でママチャリで狭山→筑波山の往復220kmを走った。
あの日の走行距離はスポーツバイクを手にした今でも越えていない。
若さとはアホみたいな事に夢中になれる事だと思う。

アホみたいな事をやってた僕らは中学を卒業した。
卒業旅行しようと言って仲間と4人でママチャリに乗って寝袋を荷台にくくりつけ、
秩父市に向かった。
国道299号線を延々と走った。
正丸トンネルはみんなで狭い歩道をママチャリを押して歩いた。
正丸トンネルの歩道は泥が多くて、僕らの靴を汚したが、それで良いと思った。

トンネルを出たら秩父市内まで殆ど下りだ。
こんなに長い坂を下るのは生まれて初めての経験だった。
秩父市内についた時は誰しもが、

明日、今下ってきた所をまた登るのか・・・と無言で落ち込んだ。

秩父市内の友人の親戚の家に泊まり、温泉にいったり、みんなでご飯を食べた。
結局翌日は、あの坂道は登らずに、小川町や都幾川や越生町やらを越えて帰った。


あの頃の仲間とは今でもよく会って酒を飲む。
何度か、
(あの頃みたいに、ママチャリでみんなで秩父にいかないか?)
という話は出るが、結局実行されたことはない。

けど、いつかは出来たらいいなと、
密かに思いつづけているのである。



終わり。




昔の話を酔っ払った勢いで書いてみた。
じゃ、明日も仕事です。
おやすみなさい。




航空宇宙博物館

テーマ:
思い返せば不思議な事が多かった。
きっかけは一緒に働いてるベトナム人と思ってた人が
実はペルー人だったと知ったあたりから始まった

とある日は自腹では絶対に乗る事のないであろうリムジンに乗せてもらって、
シャンパンを飲みながら東京都内を巡回し、
友達の紹介で行った東京のバーで朝まで飲んで、
一眠りしようとカラオケに行ったら一人でノンストップで4時間歌い続けた後に、
同じバーに戻り昼間からバーベキューをして酒を飲んだり、
そうそう
(君の名は)出てきたあの階段所で男2人写真を撮って近くのベンチでビール飲んだりもした。

泥濘した頭で、そういえば祝日である勤労感謝の日に働いた上に残業までしたなぁ。
これはもはや勤労嫌悪の日ではないか?なんて思ってたら、
この先続く人生を考えるととても苦しくなって、
泣きたい感情を抑えて行ったり来たりの日々を繰り返しては。

あぁ、これは真夜中にバイクでひとり走り出したくなる、
思春期の高校生の気持ちと似てるなと思ったんだ。

早くここから出たいのに動けない焦りが、そろそろ私を押し潰す。

なんだかネガティブになってきた。
違う、今回書きたいのは、岐阜県の各務ヶ原にある、航空宇宙博物館についてだ。
行ったのは3週間前だが、やる気が起きなくて(仕事も忙しくて)全然書いてなかった。

明日も仕事で早いし、ぱぱっと写真貼っておくか。


飛行機のエンジンのコネクティングロッド・・・でかい。

萌える。これは萌えだね。


とある豚の視線はきっとこんな感じ。


100年前に開発されたらしいエンジン。
動く理屈は分かるけどさ、いまだに人が作り出した・・・って考えると不思議な気持ちになる


人間が作るんだぜ?ほんとかよ、
開発する人たちって一体どんな頭してんだろう。


確か・・・ロケットのエンジンだっけな?でっかった。


この文章に心惹かれるものを感じた。
宇宙までたった100km・・・地球上だったら頑張れば歩いて行けるほどの距離なんだ。
歩くの・・・辛そうだけど。


何いってるの?物質の最小って原子じゃないの?
その原子の中に原子核ってのがあって、更にその中にもなんかあるの?
どうやってそれを知ったんだろう、どうやって発見したんだろう。

考えると世界が楽しく思えて来る。
同じ人間でも知識の差がありすぎて、まるで未来人と生活してるみたい!!

ニュートリノを観測するための施設が岐阜にあるんだって!!
とても巨大な施設をつくって、目に見えない小さなものを観測する。
なんだか未知とロマンが詰まってて楽しそうだなと思った。

何言ってるのかさっぱりだけど(笑)


人工衛星は思いのほかテープべたべた。
けど、この金色テープが宇宙空間のどうしようもない寒さや暑さを防ぐんだってさ。
このテープは(サーマルブランケット)って言うみたい。

展示場。


今回、本当にたまたま、名前すら知らなかったここの博物館に立ち寄ったけど。
今まで行った博物館で1番おもしろかった!!!!!と言いたい。

正直眠いし、時間経っていろいろ忘れてるから、ブログの文章いい加減だけど。
本当はもっと凄いんだよ。このブログのやる気の無さで全然伝えられてないけど。



飛行機や宇宙に興味ある人は絶対に楽しめるし、
知識を持ってる人なら尚更。

飛行機?宇宙?って人、
わたしもその一派だけど、充分楽しめた、
展示物1つ1つに細かい表記があって、読んでる内に、
ほぉ・・・とか、なるほどぉ・・・とか思ったりするし、
ちょっと賢くなった気がする(笑)

私は2時間ぐらいしか見ていないが、全然足りないと思った。
次来るときには半日ぐらいかけてゆっくりと見たいな。


という。
各務ヶ原にある博物館の話でした。



さて・・・明日は金曜日、明日働けば明後日は・・・休日出勤だよボケ!
ではでは次回へ続く。


11月16日の金曜日、仕事を終え19時半に帰宅し、
その1時間後にはバイクに跨がって男2人、圏央道を走っていた。

本当は金曜日~日曜日で走る予定だったが、
私が仕事の休みを取れなかったので夜出発という形になった。


あと余談だが、この7年半も続けてるこのブログ・・・
実はアカウント作ったの一緒に走ってる先輩の松さん
なお松さんは本名じゃないが、名前出していいのか悩むので以後(松さん)で統一する。

今でも覚えてる、夜中の1時に電話かかってきて、
(ふくしー(私の呼び名)のブログ作るからメアドと、好きなパスワード決めて教えて!)
ってさ、そして
電話越しに先輩がこのブログアカウントを作ったのだ。
懐かしいな、あの時は18歳だったんだっけな。
次の日仕事だから早く寝てたのに起こされましたよ?(笑)

私のバイクのミラーの止めが緩かったようで走行中触ってたら緩んでしまった。
左のミラーだったから良かったけど、右のミラーだったら危なかったな、反省。
松さんから工具借りて直す。え?私の車載工具?部屋に忘れた。
そして気温が7度台で寒くて震えてた。

新東名の110km制限区間
交通量も少なくて快適快適、ただ単調すぎて眠くなる。

走行時の服装・・・太って見える。
蛍光ベストの下は
レインコート→ダウンジャケット→プロテクター→長袖


旅って感じの荷物の積み方。

新東名から中央道入って、小牧東ICで降りる。高速代は約6500円なり。
このあと、予め決めていたキャンプ場にテントを張り、眠ったのは朝4時半。
なのに松さん7時過ぎには行動してて、体力お化けかと思った。

なお私が起きたのは11時半。
日差しが暑くなかったら、あと2時間は寝れたな。
この日は別行動で私は電車で名古屋市内へ向かう。
名古屋は過去に2回来ているが、コンビニしか立ち寄った記憶がないので。
これが実質初めての名古屋です。

この名古屋で、3年前にグルジアで出会った旅人のムラさんがカレー屋&バーを経営してるので、
再開しに(飲みに)行ってきました。
お店では、ケービング女子や、山ガール。ギター弾きがいて、
やはり個性的な人のお店には個性的な人が集まるんだなと思った。

人生には強力な(人と人が繋がる何か)が存在していると私は思うんだ。
旅で出会ってきた人達を見ると強く感じるんだ。

さて翌日。朝5時に起きて、というよりも起こされる。
今回、ここまで来たのは岐阜県各務原の航空自衛隊の航空祭を見る為なのだ。

正直、航空祭ってうちらの地元の狭山市でもやってるじゃん・・・
と思ったが、どうやら各務原の航空祭では戦闘機も飛ぶそうだ。

(狭山市の入間基地は戦闘機の飛行は禁止されてるので展示されるだけ)

なお今回は基地の中には入らない。
というのも松さん。ガチの写真好き。予め良いポイントを見つけていて、
そこから飛行機を写真に収めるそうだ。

バズーカみたいなレンズを装着してる横で、
私はというとGOPROと、スマホのカメラを用意した。

そして飛行機が飛びはじめた。
戦闘機が飛び、加速すると、地面がビリビリした。胸がドキドキした。
これは振動によるものなのか、その圧倒的迫力によるものなのか知らないが、
ただ青空を猛スピードで飛ぶ戦闘機に釘付けになっていたんだ。

どちらかというと、戦闘機を撃ち落とそうとしているように見える。
シャッターを落とす音が連写で響くと、まるでサバゲーの戦場にいるような気持ちになった。
エアガンの音と、シャッターの音って似てると思う。

ブルーインパルスが飛んだ。
戦闘機の圧倒的な迫力も興奮したが、ブルーインパルスの飛行は曲芸的で、やはり興奮した。
スマホで必死に撮りました。

このあと、睡魔が襲ってきて芝生で仮眠してた。
この日の夜には埼玉に帰らなきゃだもんね。
泊まっていたキャンプ場は犬山市の(桃太郎公園)
2日泊まって、1人500円。
というか、500円払えば実質1週間泊まってもいいそうです。なにここ?めっさ良い。
サイトも広い!

埼玉への帰路は、中央道で帰った。
カーブが多いので集中して走ってたらあっという間に諏訪についた。
で、時間に余裕もあったので、SAの温泉入った。
温泉たまらんねぇ。温泉から出て、ノンアルコールビール飲んで、
ダラダラしたい気持ちを抑えて、残りを走り切る。
そして、無事に狭山市に帰ってきたのだった。

この週末の走行距離は785Km
眠いけど、充実した週末を過ごし翌日からまた仕事。
次の休みを楽しみにして・・・


ではでは次回へ続く。

P.S 松さん先導ありがとうございました。

P.S.P.S 各務原の航空宇宙博物館ってとこが楽しかったので、近々アップします。