清川あさみさんの作品が観たかった。
10年以上前、清川さんが『銀河鉄道の夜』の絵本を刺繍で製作した物を手に取って
こんな美しい物を私も作りたい。
人を幸せな気持ちにする美しい物を作って、それが仕事になったらどんなに素敵な人生だろう。と思って刺繍に打ち込み始めた。他にも色々きっかけはあったけど
そしてもう刺繍といえど
全然違う方向に進んでいるけど
それでも今だに手仕事、創作の憧れの場所。
色んな技術やパーツが混ざっている。
遠くで観て、近くで見て
楽しい時間を過ごせたな。
写真や本に刺繍しちゃうんだもんな。
こういうのを観ると
私は臆病だな、と思う。
それが長所でもあるけどね。
富士吉田の街を歩き回っていると
なんというか、観光地化されてる部分、アートとの共存を試みてる部分に対して街が追いついてない…というだけじゃなくて
説明のつかない圧倒的な退廃的光景が至る所にあって、不思議な街だな…と、それをぼんやり眺める。
富士山の麓の、小さな不思議な街。
目的にしていた展示は意外とサックリ全部見終わってしまったので、虎屋リカーという酒屋で美味しそうなビールを2本買い、一旦ホステルに戻る。品揃えが秀逸だったな。UCHUビールあって爆上がり。
ホステルのリビングスペースにて地ビールをすすりながら休憩。コジコジをうっかり夜まで読みこみそうになるも一巻だけ読み棚に戻し、この『西裏』という富士吉田の歴史を綴った本を読んで
さっき街を歩いた時の違和感が腑に落ちた。
富士吉田は機織りで一時期は栄えに栄えたものの
邯鄲の夢の如く衰退した街だった。
この本には当時の華々しい写真と共に
面白い酒エピソードが山盛られており
ヤバい、楽しい。
これは一刻も早く西裏に飲みにゆかねば!と
まだ本が数ページ残っていたものの
ちょうど買ってきたビールの2本目を飲み干したところで夜の街『西裏』に出発。
あてもなく歩いていると
私の酒嗅覚が「ここです。」と反応。
そもそも『炉ばた焼』という文字に弱い。
入ってみたら
ほーらね、最高。大正解!
と、大声にて自画自賛。
もちろん心の中で、だ。
ハシゴする事を考え、2品だけ注文し
日本酒をチビチビやっていた結果
40分程で隣の陽気なおじいちゃん2人と仲良くなる。
すると、さっきホステルで読んだ『西裏』の繁栄時代をこの土地でリアルに生きていた方だった。やば。まさかの当日答え合わせ。
一機折って一万稼ぐ『ガチャマン時代』と呼ばれた黄金時代には、なんとこの狭い繁華街に芸者が250人いたという。
さっき西裏の本を読んで…とあれこれ質問すると、おじいちゃんの瞳の奥に火が灯り
当時のあれこれを沢山話してくれた。
そして「2件目はピザだね!ピザを食べよう。」と楽しそうなおじいちゃん達に、しっかりついて行く。
Lサイズじゃなきゃ駄目だね。それで、胡椒をうんとかけるんだよ。もうこれでもかってくらいね。それが旨いんだから。
あとはこんにゃくのバター炒めね。
と、勧められるがまま楽しみ
次回はおじいちゃんが経営する富士山を一望できるキクラゲ農園に家族で泊まりで遊びに行く事を約束し解散。数年前まで人見知りを豪語していた人間の所業では無い。
気持ちよくフラフラ、もう一件行こうかな〜と徘徊していると
アートウィーク感たっぷりの路地裏に迷い込む。凄く楽しい。誰もいないので、ほろ酔いでたっぷり布と戯れる。
『新世界乾杯通り』を散策するも、なんだかどこもイケイケで今日の私のテンションと合わない。
諦めてワンカップでも買ってホステル戻るかな〜と帰路に着いていると、閉まる直前の韓国料理居酒屋のカウンターでママと常連さんが楽しく飲んでたのが見えたので
飛び込む。もはや社交性がマウント・フジ。
チャプチェシカナイヨ!と言われ、何も頼んでないがとりあえずチャプチェが出てくる。
ナニノムノ!と聞かれ
「日本酒あったらください。」と頼むと
コレシカナイヨ!と
銘柄も説明されずに、お冷かと思う量の日本酒を注がれる。私が酒豪なの悟ってくれた。
そこからママと大いに盛り上がり
最後はママのお父さん(享年85歳)が亡くなった日の悲しみを分かち合い、思い出し号泣するママの背中をさすりながら日本酒を飲み干し
25時、お会計。
さすがの私もあの量の日本酒を流し込みへべれけになったので、物凄い迷子になりながら40分かけホステルに帰り(何故タクシーに乗らなかった…。)
気絶するようにベッドに飛び込み、長い1日が終わった。
2日目に続く。