現代の日本人は、権利か権理か? | 親日な日本人

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日々の出来事より、国会中継を聞いて感じた事など書いたりしますかね。
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権理道義   権利道義

福沢諭吉の『学問のすすめ』

『西部進のゼミナール』の過去の放送を見て、(『理』ことわり)について説明している場面を見て、『学問のすすめ』見直してみる、何の気なしにサラサラと読んだ時は、『理』を気にせずに読んだが、確かに現代は『権利』と書く、昔の人々は『権理』だったのか?『理』と『利』は何が違うのか少し疑問に思い検索する。



『利』穀物を鋭い刃物で収穫することで、「するどい」の意と、刈り取ったものから「もうけ」「もうける」の意が生じた。

単体では、~は利に敏い。利益になる事は敏感である。
何だか、卑しい様な感じもする。
権は、まあ大体が『権力や権限』と考えた時に、『権利』では、権力や権限について利に敏い。
まるで現代人を指している様な漢字に見える。


『理』では?
『理』里は「田」+「土」で、耕して筋目をつけるの意。玉を磨いて筋目をつけること、から、物事に筋目をつけるの意が生まれた。

単体では、理にかなう。理屈や道理にあう。
道理とは?人として当たり前の事とか、正しい筋道で持ちいる場面が多く、『利』より『理』のほうが良い様に思えます。
権力や権限は理にかなう様にする。
権力や権限は人として道理にあうものとする。
まあ、いまさら無理な気もする。
利益だけを求めて、国民としての義務を無視する人々の方が多い日本では、何れ何処かの属国に成ってしまう様な不安を感じてしまいます。
なんせ、国民も政治家も、親中、親米、親韓が多く、親日の日本人が少ない稀に見る変な国ですからね。