この日記を見て頂いた方へ

 

この「妻と家族の闘病日記」は妻が緊急搬送された令和7年1月19日から葬儀が終わった2月8日までの事を書いたものです

 

私の記憶が新しく細かい所を忘れてしまう前に何かに書き残せないかと思い書いてきました

 

妻はクモ膜下出血という発症したら半数の方は即死してしまう病で、緊急搬送されてから日を跨いで19日間の闘病生活を送り、亡くなってしまいました

 

その19日間で私の会社や子供達の学校、妻の職場など沢山の方々に助けられ、声を掛けて頂き、毎日病院へ通い、面会する事が出来て本当に感謝しています

 

妻からも19日間という時間をもらって、その間に気持ちの整理、家族としての覚悟と子供達の成長をもらいました

 

最初に緊急搬送されて開頭手術し、その後カテーテル手術を5回、合計で6回手術をして頂きました

残念な結果となりましたが、対応して頂いた病院関係者の方々、本当にありがとうございました

これだけ親身になって寄り添い、献身的に治療と看護をして頂いて、私達家族は感謝しかありません

 

妻は自宅のソファで横になっていた時に病を発症しました

だれが いつ どこで発症するかわかりません

ただし健診で見つかれば、大事に至る前に処置できます

この日記を教訓として皆さんも脳健診を家族のために受けてみて下さい

 

火葬が終わり1か月が過ぎようとしています、子供達は寂しがっていて、家族で話すといつも妻の話題になり、私の見えないところで泣いたりしているかもしれません

 

私は自分の半分が無くなったような感覚で「最愛の人を亡くす」という事の意味が今になってわかる気がしています

夫婦というのは愛情だけで一緒にいる訳ではなく、一種の運命共同体のようなものでその片方を無くす喪失感は一生忘れる事はないでしょう

 

「妻と家族の闘病日記」を書き始めて、フォロワーの方のブログを見る機会があり、同じような病や悩みを抱えている方が沢山いる事を知りました

「だれも見ないかもしれないけど書き残しておきたい」という自分勝手な動機で始めた日記でしたが、意外と沢山の方に見て頂いていて、びっくりしています

「見てくれている人がいる」これが最後まで書くことが出来た原動力になりました

本当にありがとうございます

 

今になって考えてみると、私が先に亡くならなくて良かった、妻を残して亡くなるなんて心残り過ぎて考えられません、私は子供達が高校生という事もあって救われていますが、まだ幼い子供を抱えて同じような状況の方は本当に大変だと思います

 

これから子供たちは大学進学、就職、結婚と長い人生が待っています

まだ気持ちの整理はつきませんが親として子供の足枷とならないように生きていきたいと思います

 

この日記は一旦ここで終わりとしますが、もしかしたら49日法要の事も追記するかもしれません

 

見てくれた方々に本当に感謝申し上げます

ありがとうございました