おはようございます、竹花です。


天正四年(1576年)天下布武を唱えて天下統一を目指した、織田信長公が京と北陸、東海をつなぐ要所として、近江(現在の滋賀県)の琵琶湖の畔(現在は埋め立てられて陸地)の標高199㍍の安土山に、築城されたのが、今はもう無い安土城です。


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総普請奉行に重臣丹羽長秀を置き築城から僅か3年後の天正七年に初めて天守閣を持つ城として、絢爛豪華な天守閣を持つ安土城が完成します。


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それから僅か3年後の天正十年(1582年)中国地方の毛利氏を攻略中の羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の援軍として派遣されるはずの、明智光秀の謀叛により、本能寺に逗留中の織田信長公が討たれるという(本能寺の変)が起こり、本能寺にて信長公は自刃します。


その混乱の折に天守閣を焼失してしまいました、織田信雄(信長公の二男、嫡男織田信忠は本能寺の変の折京の二条城にて自刃)による失火や明智光秀軍の放火という説があります。


現存していれば、国宝級の宝物が山程残る、戦国一豪華な城だった事は間違いないと思います、過去に戻れるなら一度は見てみたいものですね。


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