学年制を無くしても生徒は育つと言いました。
でも、完全に学年制が無い方が良いかというと、私は必ずしもそうではないと思っています。
それこそ話が矛盾しているではないかと言われそうですが、私はあくまでも、卒業や進級、科目の履修に学年制は必要ないと考えているだけで、学年という集団は決して悪いものではないと思っています。
実は完全単位制の海外の高校でも、一応クラスらしきものはあります。ただ使われる頻度というか、クラスごとに、学年ごとに何かをするというのがほとんどないだけです。
海外の高校では、生徒は登校すると、1時間目の授業がある教室に行きます。朝の連絡などは、それぞれ1時間目の授業の先生が読み上げていきます。回収物があってもそこで集められることはありません。当然放課後の掃除もありません。授業の出欠は毎回各授業で取ります。先輩後輩というのもありませんし、学年単位で行く修学旅行もありません。
もうすでに高校を卒業したという方は思い出してみてください。高校3年間の学校生活の中で思い出に一番残っていることはなんでしょう?
修学旅行ですか?部活ですか?体育祭や文化祭という方もいらっしゃるかも知れません。
何が言いたいかというと、そうして思い出に上がってきた多くのものが、授業ではなく、特別活動なのではないか、ということ。
部活は学年とはあまり関係ないかもしれませんが、学年という集団があるからこそ楽しめたり、学べることは少なくないと思います。なので学年という集団はあっても良いと思います。
ただ、ひとつ気になる点は、前回の記事の中でも触れましたが、果たして年齢による学年の分け方にどのような教育的意義があるのかという点。その点はうまい解決策が見当たらない…。けれども、完全単位制で履修するから科目を決められるのであれば、どの教科をいつ履修するのかを自分のペースで決められるので、今よりずっと学びやすくなるはず。
絶対に必要なものとは思いませんが、学年という集団は、それこそ日本の教育の特色として残していってもいいのではないかと思います。毎年高3でダブつく生徒が少々いても良いではないですか。それが当たり前になれば、学年制があっても、学年制が障害になることは少なくなると思います。