皆さんこんにちは。
本日は、「自己愛性人格障害について」というテーマで書き留めたいと思います。
現在ある小説を読んでいます。そこに登場する主人公の仲間たちが自己愛性人格障害者である、という設定になっています。主人公はその仲間たちのとのコミュニケーションで、理解に苦しむ場面に数多く出くわします。けれども色々な交流を図っていく中で、主人公自身が、自分こそ自己愛性人格障害なのではないかと悩み、それを乗り越ながら仲間たちを理解していく、というストーリーです。
人間は誰しも、「自分は正しい。その自分の基準に見合わない人間は正しくない。」という評価をしてしまいがちです。その評価が極端で、社会生活をしていく上でトラブルに繋がってしまうようなレベルになると、一種のパーソナリティ障害と認定されるのだと思います。
先天的に他者の気持ちを汲むことができないという「脳の器質異常」の場合には修復はできないのでしょうが、そうでない場合には、「この言動をしたら他者はどのような気持ちになるだろうか」という配慮をどれだけ行えるか、という優しさの問題なのではないかと私は思います。
昨今もこのようなことが身近で起こっていますね。
「この領土は昔から俺の領土だったんだ」という自分基準で、他国に住む他者の生活や命を奪う権利があると考えるのは、典型的な精神異常者であると思います。自分が同じことをされて、それを指示している人間を許せるのでしょうか。周囲からの適切なフィードバックをもらえない独裁者の典型ですね。
私の生活の身近なところでも、このような自己愛の強い人間のエゴを感じる時があります。「自分は正しくて、他者は正しくない。他者の方が劣っている。」という根本的な思考があるので、そのタイプの人間がいくらそれを隠そうとしても、随所に言葉や表情、しぐさで表れてきてしまいます。私が敏感過ぎるのかもしれませんが、その醜さは人間関係にプラスの影響は与えません。
他者の気持ちを汲み取ることは難しいです。けれども組織を考える上で、上位者になればなるほど、その努力をすることが求められると私は思います。
私から見て、自己愛先行型の人間たちの特徴は、「自分の経験則への過信」が強く、「読書などの代理学習」が下手であるという点です。特に、代理学習を馬鹿にすることは、他者への関心が薄いことに繋がります。他者への関心が自分のためにならないと考えるから、本音では他者理解の努力を無駄に感じてしまうのだろうと思います。
組織全体の活性化とか能力向上とよく言われますが、上位者にとって、他者を理解しその人の潜在的に持っているものを開花させていくことが、最終的には自分自身のためになることを、改めて学びたいと思います。
今週は、その点で自戒しなければいけないこともありました。まずは自分から変われるように努力したいです。
最後までお読みくださりありがとうございました。
2022.3.5 #227
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