南スーダンの悲劇と日本の将来
(*記事の後半に関東地方での大地震について述べた部分があります。ぜひ、そちらだけでも読んでいただければと思います。)
最近、南スーダンへの自衛隊のPKO活動の是非が話題になっています。南スーダンの状況が大変に悪化していて、戦闘が実質的に発生しているのではないかと言う問題です。自衛隊の派遣が妥当なものかどうかということが話題になっているのですが、自分はより深刻な事態が今発生しつつあるのではと思います。それは、現在の南スーダンがあるような社会混乱が、将来、日本社会でも発生するのではと言う危惧です。
そう考える根拠は次の通りです。
1.スーダンおよび南スーダン社会の分断の背景には次のような事情があるようです。スーダンと南スーダンの位置関係はスーダンの南隣に南スーダンがあるという、国名の通りの位置関係になっています。
ア:スーダンが中東に近いことからイスラム教が信仰され、それに対し、南スーダンには中世にキリスト教の布教活動が展開され、それ以来キリスト教が信仰されていたこと。つまり、宗教対立が演出される下地があったのです。なお、歴史的にはかなり複雑な経緯がある様子です。
イ:アフリカの多くの国に言えることのようですが、部族社会であり、しかも部族ごとの領土が制度的に明確には確定せず、あいまいな状態の領土や資源の帰属をめぐって、一国の中でずるずると互いの部族が対立する状況が大昔から続いています。ただし、西欧が進出する前は、ほとんどの期間、平和共存が出来ていたはずです。
ウ:「1974年にシェブロンが油田を発見し、その多くが南部に分布していた。」( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%B3 )とされるように、主に南スーダンに石油資源が多くあり、これの富をめぐって対立が演出されている。ある意味、石油と言う富があることが兵器購入を可能にし、それが武力紛争を過激化させてしまっている。
2.日本ではスーダンの様な社会対立の原因はあるようには見えません。部族社会は日本国内には存在しないと言えます。また、石油資源の様な資源も国内にはあまりありません。よって、日本がスーダン・南スーダンのような内戦状況になることはないと言える可能性があります。
3.しかしながら、日本にも対立というか、社会が崩壊して行く可能性はいろいろな面で見ることが出来ます。例えば次のようなものです。
エ:経済的な困窮が将来発生する可能性が非常に高い。日本の場合、国債や地方債の90%以上を国内消化してきたため、国債や地方債に付く利子がそのままGDPの底上げ分として機能してきたが、実際にはなんら実態的な経済活動を伴っていず、単に経済の底上げの仕組みとして機能してきた。つまり、公債に付いてきた利子分がGDPの底上げとして機能してきて、現実の経済は見かけよりも実力を伴っていない。
オ:国も地方も、毎年の財源の3割以上を公債発行に頼る構造が出来上がってしまって、公債残高が1000兆円をかなり大きく超える状況にある。利子分が国内還流するため、民間資本が枯渇するのはまだ余裕がある。しかし、もしインフレが始まると、既に低い表面利率で発行された公債が全て不良資産となるし、新たに発行する公債の発行利率を高く設定せざるを得ず、国も地方自治体も加速度的に財政が悪化する。公債の不良資産化は銀行の財務を直撃するし、国債を大量に保有する日銀の信用も低下し、それが更なる大規模な円安を招き入れる。
カ:大幅な円安は輸入物価高に直結する。食料や化石燃料の値上がりが問題化する。2017年2月23日現在円ドルは1ドル113円程度だが1ドル200円程度の円安にはすぐになるはずで、そうなれば、日本の食料価格やガソリン・灯油・軽油価格、電気代にすぐに跳ね返り、日本の経済活動は一気に行き詰る。ガソリン価格や灯油価格が二倍になったときの状況を想像してほしい。円安と株安、そして、債券安の三重苦が日本に襲い掛かり、銀行の財務悪化に伴う貸しはがしなどで、企業活動全体がどんどんと縮小して行く。
キ:大幅な円安が起これば、数年で国や自治体の財政も公債発行が出来なくなり、行き詰るはずであり、公務員給与や年金支給、更には公共事業や健康保険などの財源も枯渇するはずで、日本社会全体が一気に崩壊する可能性が高い。
ク:インフレの引き金はそう簡単には引かれない。日本の産業基盤は先進国の中でもかなり整備されていて、完成車や部品供給などでの輸出力は世界の中でも競争力がある。だから、インフレの引き金はこれらの競争力が破壊された時となるはず。
ケ:その契機となる可能性が最も高いのが首都直下地震、または関東大震災。1923年大正関東大震災は869年貞観地震以来継続していた東北地方東方沖の日本海溝からの太平洋プレートの沈み込みが抑制されている期間の相模トラフが破壊された結果起こった地震。基本的に関東平野の地下に滑り込んでいる2枚の海のプレートの上側であるフィリピン海プレートのみが動いた地震。しかし、311大地震で東北沖の日本海溝からの太平洋プレートの陸域の地下への沈み込みが本格化した現在、関東地方の東方沖の日本海溝から太平洋プレートが大きく関東平野の下へ沈み込む大地震が起こるはず。もしそれが起これば、太平洋プレートと重なり合っているフィリピン海プレートも大きく沈み込むはずで、関東平野はその全体が広く大きく地震波の影響を受けることになる。加えて、関東平野の北東部を中央構造線が走っていて、中央構造線の活動によるM8地震が発生する可能性が相当に高い。更に、関東平野の地下のフィリピン海プレートが沈み込むと、伊豆半島の西側のフィリピン海プレートも同じ方向に動こうとして、東海地震が数年の内には発生する。そうすると、富士山の地下のマグマだまりが大きく揺すられ、マグマ水蒸気噴火を起こす可能性が相当に高い。その上、東海地震が起これば10年から20年程度で東南海地震や南海地震が発生する。更に、311大地震の割れ残りの北側、青森県東方沖から北海道の襟裳岬の南西沖、つまり浦河沖あたりでM9地震が起こる可能性も高い。また、日本海側の北陸から中部・関西地方でもM7規模の地震が起こることも確実であり、今後10年から数十年は毎年M6からM7以上の地震が日本の陸域、または陸域に極めて近い海域で起こり続けることになり、これが日本の輸出産業基盤を破壊してしまうし、国や地方レベルの財政を完全に破たんへ追い込んでしまう。
コ:これらの地震の問題はかなり複雑な影響がある。一つは原発が日本全国に立地することだ。現状で東日本に立地する原発は再稼働にはまだ至っていないが西日本の原発は再稼働が今後どんどんと進む可能性がある。西日本の原発が大地震の直撃を受け、ある程度苛酷な事故になれば、日本社会はほぼ立ち直りが出来ない痛手を負うことになる。
サ:もう一つの大きな問題が、将来ほぼ確実に起こるであろう大地震に対して対応がほとんどされていないことだ。阪神大震災などの近代建築が普及した後の大地震に於いて、地震衝撃波の影響によるパンケーキ崩壊被害がかなり発生することが指摘されているが、地震学会や土木学会はこのことを無視している。しかし、土木学会や地震学会が主張するように横揺れでのパンケーキ崩壊であれば、柱と梁の接合部が破壊され、柱が横転することで起こるパンケーキ崩壊であるはずで、上部階は横転した柱の長さだけ横にずれて落下する。しかし、現実の被害はそうではない。つまり、柱の中間部などが破壊され、上部階が鉛直方向の位置をほとんど変えないまま落下している。だから、土木学会や地震学会の態度は明らかに科学的ではないが、その状況が変わる様子はない。同じような現象は福島第一原発事故に絡んで、ホットパーティクルの影響や初期被ばくの影響がほとんど調べられず、専門家やマスコミ、政治家、その他関係者のほぼ全員が無視していることにも表れている。だから、日本の世論は海外を含めて、大きくコントロールされていて、いわば当事者能力を発揮できない状態になってしまっている。そのため、ほとんど準備が出来ないまま大災害を迎えることになる。311大地震そのものが、ある意味、そういったことが起こった実例であり、三陸沖ではM9地震が起こらないことが一種の神話として信じられていた。そういった状況にあったことが日本地震学会の「会員の声」の一つの記事「『大陸移動説』100周年に思う」( http://www.zisin.jp/modules/pico/?content_id=2534 )に次のように述べられている。
(*以下該当部分を引用開始:)
昨年3月11日の東北地方太平洋沖地震については,東北地方の地質学,地形学,測地学の成果をよくよく考察すれば,超巨大地震の存在は自然な帰結である.すでに1996年から,それを明確に述べた研究者がいた(池田,1996,池田,2003).その後も度々学会等で議論が行われた.2004年のスマトラ沖地震発生のちょっと前には,「ハルマゲドン地震」という言い方もされた.スマトラ沖地震以後は世界的にも津波堆積物研究が進展した.東北の超巨大地震の発生については長期的な予知がなされていたのである.
一方,比較沈み込み学という枠組みで,海溝型の地震のデータを整理し,超巨大地震の発生の条件を考察した論文が1980年に米国で発表されたが,その説に従うと,どちらかというと東北地方沖には超巨大地震は起きないということになる.後者は世界中の地震活動帯を視野に入れているが,近代に発生した地震を対象にしている.ところが,東北地方の固有の性質や長い地質時代の考察は抜けているのである.しかし,多くの日本の地震学者がこちらの説を採った.
(*以上引用終わり)
シ:大規模な地震対策で最も欠けているものは、都市部の過密の解消だ。建物の耐震化を進めることがこの数十年一貫して行われているが、火災になれば耐震化は意味がない。関東地方で今後起こるであろう大震災はこの100年程度で例のない苛酷なものになる可能性が高い。理由は縦揺れ、地震縦波の被害の苛酷化だ。「表1.地震の大きさの概略」( http://www1.kaiho.mlit.go.jp/GIJUTSUKOKUSAI/KENKYU/happyo/2011/h23sp.pdf )によると、M8で滑り量は3mで断層長さが150キロ、M9では滑り量10mで断層長さ500キロ程度になるという。しかし、311大地震では三陸沖の滑り量が50m程度あったとされている。この滑り量は869年の貞観地震以来蓄積されてきた滑り遅れが一気に解消されたものである可能性が高く、将来起こるであろう房総半島東方沖からの太平洋プレートの滑り量も同様に数十メートルになる可能性がある。貞観地震の9年後の878年の相模・武蔵地震とか、1703年の元禄地震、1923年の大正関東大震災などはどれも相模トラフからフィリピン海プレートが関東平野の下へ沈み込んで発生したもので、基本的にフィリピン海プレート単独の地震だが、今後関東地方を直撃する可能性のある大地震は、まず太平洋プレートが関東平野の東方から西へ沈み込み、それにほぼ同期してフィリピン海プレートが関東平野の南部から北西方向へ沈み込む形になるはずだからだ。関東地方の東方から太平洋プレートが陸域の地下へ沈み込むことで発生した地震は、多分、869年貞観地震以降発生がない。例えば、1677年延宝房総沖地震は「茨城県地方史上最大の津波被害」( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E9%9C%87%E3%81%AE%E5%B9%B4%E8%A1%A8_(%E6%97%A5%E6%9C%AC) )とされる津波地震であり、陸域の揺れは津波の規模に比べて少なかった。つまり、沖合の海底で逆断層型地震が起こったための津波であり、陸域の地下の太平洋プレートは動いていない。多分、房総半島南東沖の三重会合点付近よりも南の地域を含めて、茨城県から千葉県の東方沖の日本海溝からの太平洋プレートの沈み込みはずっと止まっていた可能性が高く、そのため、滑り量が311大地震同様に50メートルを超える可能性がある。関東平野の地下で太平洋プレートはかなり緩い角度で沈み込んでいるため、関東平野のほとんどの地域が太平洋プレートの滑りの影響を受ける。更に、太平洋プレートの沈み込みの結果、フィリピン海プレートも動くはずで、その時、フィリピン海プレート単独で動いたときの速度が二倍程度にはなるはず。なぜなら、フィリピン海プレートの下に沈み込んでいた太平洋プレートが西へ沈み込んでいて、これがフィリピン海プレートの北西への沈み込みに勢いをつけるから。つまり、地表部分は、太平洋プレートとフィリピン海プレートの間で岩石の噛み合いが破壊されることによる地震波、太平洋プレートと陸のプレートとの間で岩石の噛み合いが破壊されることによる地震波の二つをほぼ同時に非常に広い範囲で受けることになる。二つの海のプレートは関東平野の下でかなり水平に近い角度で沈み込んでいるため、ちょうど真夏の太陽が正午ごろ、地面にほぼ垂直に太陽光を放射するのと同じで、地震波がほとんど減衰せずに地表にまで達する可能性が強いのだ。このことは、豆電球が一面にすき間なく並べられた壁からの豆電球の光を想像すると分かりやすいと思う。豆電球が一個だけなら、光は豆電球を球の中心として四方八方に分散して行く。豆電球から出る光は、距離が遠くなればなるほど拡散して弱くなる。ところが、壁一面に豆電球があると、ある程度距離が遠くなっても、数多くの豆電球からの光が互いに重なってしまい、実質的に拡散しないまま豆電球の光の強さが保たれることになるからだ。つまり、太平洋プレートは地下50キロとか100キロ程度、フィリピン海プレートは40キロから60キロ程度の深さに沈み込んでいるが、あたかも震源深さ10キロ程度の地震が関東平野一円で無数の数、ほぼ同時に発生したかのような形で被害が発生するはずだ。こういった効果は縦波の方が横波よりも大きく、普段の地震であればすぐに減衰してしまう地震縦波がほぼ減衰しないまま地表まで到達することになる。
ス:地震縦波への耐震補強は全くされていない。多分、関東平野の広い地域で地震縦波は鉛直方向の強い突き上げ力となって建築物に働くはずで、木造建築であれば基礎から柱が外れるなどの被害が出る。つまり、基礎に柱を固定する金具のねじそのものが縦方向の揺れで引き抜かれてしまう。材木に打たれた釘は横方向の揺れには強いが、くぎ抜きで容易に抜けることからも分かるように垂直方向に抜かれるときには抵抗力は大きくない。これはモクネジでも同じだ。鉄筋コンクリート建築物の場合、柱の中間部などが一気に破壊され、パンケーキ崩壊になる可能性が高い。そればかりでなく、揺れで倒壊しないように壁などに固定されていた備品などが想定外の揺れの強さと揺れの方向のため破壊されて、空中へ跳びはねる被害がでるはず。
セ:2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(311大地震)でも縦揺れ、または大振幅・高周波の縦波が原因であろうと思える被害が東北新幹線の橋脚に出ている( https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejseee/70/4/70_I_688/_pdf「東北地方太平洋沖地震により損傷した新幹線RCラーメン高架橋に関する被害分析」 の3ページの図ー6 Ns高架橋の損傷状況など )。また、2016年4月の熊本地震でも同じような被害がある( http://www.nilim.go.jp/lab/hbg/0929/pdf/isshiki.pdf の370ページある中の223ページの「庁舎棟の南側の既製コンクリート杭の杭頭部が大きく損傷(写真 5.5-160)」とか、245ページの「南東部にある 2 本の 1 階柱頭部がいずれも大破(写真 5.5-254)」の「写真5.5-256 1 階柱の大破(南東側)」 )。「庁舎棟の南側の既製コンクリート杭の杭頭部が大きく損傷(写真 5.5-160)」の被害原因については特に記述がないが、土中に埋まっていた部分であるはずで、特に土砂崩れがあったという記述はなく、いわゆる横揺れが原因とは考えにくい。また、柱頭部のコンクリートがコア部分まで破壊されている様子であり、この意味でも縦揺れ、または地震縦波による被害であるはず。「写真5.5-256 1 階柱の大破(南東側)」については、被害原因の分析が記されていて、「南東側にある 1 階柱頭部が大破した理由として、当該部分が下階壁抜けになっていること、及び北構面に耐力壁が配置されたことでねじれ挙動により大きく変形したためであると思われる」とされている。しかし、南東側の柱2本の被害の性状がかなり異なり、写真5.5-256についてはコンクリート柱のコアコンクリートがかなり鉄筋の外へ弾き飛ばされているし、ねじれ挙動であるならねじれた方向に鉄筋の曲りの跡が残っているべきだが、鉄筋にそういった様子はなく、単に鉄筋内部のコアコンクリートが弾き飛ばされるときに外側へ押されて伸びて曲がってしまったように見える。もちろん、ねじれ挙動は一方向にだけあるわけではなく、建物の復元力で振動するはずだが、震動の最も大きな位置は、最も慣性力がある2階の床面と同じ高さになるはずで、その位置での鉄筋の伸びが観察されなければいけないが、破壊された部分の下半分の方が鉄筋が外側にたるんでいるように見える。なお、「東北地方太平洋沖地震により損傷した新幹線RCラーメン高架橋に関する被害分析」でも「平面的な回転モードの地震応答」が被害原因である可能性があるとされている。コンクリート柱の鉄筋内部のコアコンクリートが破壊され、それが柱の外へ弾き飛ばされていることを説明するために「平面的な回転モード」が考えられたのだと思うが、こちらも無理がある。なぜなら、鉄筋の内部のコアコンクリートが弾き飛ばされた部分の長さが多分50cm以上はあり、「平面的な回転モード」が原因であるかどうかは簡単に検証が出来るはずだが、それがされていないからだ。「平面的な回転モード」が原因であるなら、最大回転角度から鉄筋の伸びの量が計算でき、実際に被害を受け、外側に屈曲した鉄筋の長さを測ることで検証が出来る、しかし、それは行われていない。更に、回転運動には中心が必要で、それは「ブロック重心を回転中心」したとされている。そうであれば、被害はそのブロック重心に対して対照的に発生していなければいけないがそうなっていない。
ソ:茨城県から千葉県の東方沖、または房総半島東方沖の日本海溝からの太平洋プレートの関東平野の地下への沈み込みがあったか無かったかは、基本的に富士山のマグマ噴火のありなしに対応しているはずで、富士山の864年貞観噴火があったことは、その当時、太平洋プレートが関東平野の地下へ活発に沈み込んでいたことを示している。よって、864年貞観噴火以降、富士山のマグマ噴火が発生していないことは、関東平野の東方沖の日本海溝から、関東平野の地下への太平洋プレートの沈み込みが大規模に抑制されてきたことを意味している。311大地震で福島県から宮城県沖の日本海溝からの東北日本の陸域の地下への太平洋プレートの沈み込みが再開され、また、2015年4月30日に伊豆・小笠原列島西方沖でM8.5の深発地震が発生したことから、更に、311大地震以降、愛知県・三重県の沖合で深発地震が集中して起こっていることからも、茨城県から千葉県の東方沖の日本海溝から関東平野の地下への太平洋プレートの沈み込みが大規模に再開されていることが分かる。以上のことから、ケからスで述べたような地震被害が近い将来、つまり、数年以内に発生する可能性はかなり高い。なお、864年貞観噴火の前の100年ぐらいの期間では富士山は常時大小の噴火を起こしていたようで、「『万葉集』には、恋焦がれる胸中を富士山の噴気にたとえて詠み上げた歌が数多く見出されている。富士山では噴気活動のみならず噴火活動も頻発し、『続日本紀』の781年(天応元年)の項には『富士山で灰が降り、山麓の草木が枯れた』との記録がある。平安時代の800年 - 802年(延暦19年 - 21年)には延暦大噴火が発生。東側斜面に側火口の「西小富士」を形成し、鷹丸尾溶岩と檜丸尾第2溶岩を噴出した。さらに大量の降下火山灰により、当時の東海道だった足柄路が通行不能となっている」( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%9E%E8%A6%B3%E5%A4%A7%E5%99%B4%E7%81%AB )このことも、864年貞観噴火前には太平洋プレートの関東平野の下への沈み込み活動が活発に行われていたことを示している。このことは、つまり、房総半島東方沖の日本海溝からの沈み込みが何千年も止まってきているわけではなく、869年貞観地震以降に三陸沖の日本海溝からの太平洋プレートの陸域の地下への沈み込みが抑制されたのとほぼ同じ時期に房総半島東方沖からの沈み込みが停止しただけであり、それ以前は活発に沈み込んでいたことを示唆している。だから、2011年の311大地震で三陸沖からの沈み込みが大規模に再開されたのと同じように、近い将来房総半島東方沖からの太平洋プレートの沈み込みが大規模に発生する可能性は高い。
4.太平洋戦争終了時を上回る財政悪化とそれによる財政破たんの引き金を引くであろう関東平野での地震発生に、なぜ日本社会は対応が出来ないのか、それを考えるとある方向に戦後の日本社会が継続的に大きく誘導されてきたからだと思えます。それは、戦後日本を工業化し、日本各地に原発を造らせ、大地震で原発事故を起こさせて、大きく日本の国土を放射能汚染させ、そこを世界中の国々の核廃棄物処分場として使うという計画です。以下、そう考える理由です。
タ:原発開発の初期から原発製造に伴う大きな問題が意識されていたはず。それはウラン採掘に伴うウラン残渣とか、ウランの98%以上を占める核分裂をしないウランなどの放射性核廃棄物の処分であり、半減期が数万年とか数億年と言う長期にわたる放射性物質の処分をどうするかと言う問題だった。この問題を更に深刻化させたのが、多くの核廃棄物が持つ重金属毒性であり、こちらは何億年経過しようとも毒性は変化しない。そのため、通常の地層処分を行っても、数千年以上の期間を考えれば、ユーラシア大陸とか北アメリカ大陸の地下へ埋めた核廃棄物は必ず大陸全体の地下水汚染に結びついてしまう。だからこそ、大陸での地層処分は無理であり、現実に、少なくとも民生用の地層処分施設は1990年代まで世界中で造られなかった。本来であれば、1953年の原子力平和利用宣言と同時に地層処分施設のパイロットプラントが原子力発電をする国ごとに作られて、地層処分の技術研究が始められていないとおかしい。なお、アメリカにおける地層処分施設ユッカマウンテンは、「DOEは1992年から、地質、岩盤、地下水の挙動、火山活動、雨水の地質への浸透など、ユッカマウンテンのサイト特性調査を実施しており、1994年9月にトンネル掘削装置を使い、調査研究施設(Exploratory Studies Facility)の建設を開始した。」( http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=14-04-01-14 )とあるように1992年から建設が始まっている。フィンランドのオンカロ処分場は「1994年フィンランド原子力条例の修正の後、明示されたフィンランド国内の全ての核廃棄物をフィンランドで処分することが明示され、オルキルオトは2000年にフィンランドで使われた核燃料の長期地下貯蔵設備として選ばれた。」( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%83%AB%E3%82%AA%E3%83%88%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80 )であり、こちらは2000年以降に着工。
チ:地層処分場の選定が遅れた理由として、原子炉から出したばかりの使用済み核燃料は放射能レベルが高く、水冷が5年から10年程度必要であり、そういったプール施設が出来ていれば、数十年そこに継続して保管できるため、急ぐ必要がなかったという説明がされることがある。しかし、地層処分場は数千年とか数万年以上の安全保管が求められる施設であり、その耐用年数の長さから、原子力発電開始と同時に地層処分場の耐久試験を始めるのが本来。なぜ、地層処分場の試験開始が1990年代まで遅れたかと言えば、それまでに日本で大地震が発生して、日本が世界の核廃棄物処分場になると期待されていたからだろう。
ツ:ただし、アメリカやイギリス、ソ連、中国などの第二次世界大戦の戦勝国だけでなく、他のいろいろな国に原発を広め、多くの国が共同で日本に核廃棄物処分を引き受けるように環境を整えるための期間が必要であったのも事実。そして、この期間はそのまま日本により多くの原発を造らせるための期間としても使われた様子。
テ:戦後日本は二度と戦争が出来ない国として二流国家にさせられる予定だった。国内の工業設備は戦争賠償の一部として海外に運び出されるはずだったし、財閥などの有力企業はそろって解散が命じられた。しかし、日本国内での共産党支持世論の高まりや中国での共産党政権成立などが契機となり、いわゆる逆コースが始まる。つまり、財閥再結集や戦犯釈放などが始まる。これらの逆コースは、日本を共産主義への防波堤とするために日本を優遇して資本主義の素晴らしさの宣伝するショウウィンドウにするためだと言う口実が表向き言われていた。(しかし、2017年の現在から振り返ると、この頃から既に少なくとも北朝鮮にはアメリカ軍の息のかかった人達がかなり多数存在していて、1950年から1953年の朝鮮戦争自体が日本の景気回復と中国軍への北朝鮮からの浸透が狙われていたように思う。ともかく、北朝鮮の金王国は、自力で体制維持が出来ているとはとても思えない。明らかに外部からの支えがあって、核開発もミサイル開発も行われていて、北朝鮮の政権はアメリカ軍産複合体の実質的な傀儡でしかない。)この逆コースの一環として、1951年、アメリカ対日協議会「が要求したとおりに、政府が独占していた電力業が解体され、地域別に9つの電力会社が生まれる」( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%AF%BE%E6%97%A5%E5%8D%94%E8%AD%B0%E4%BC%9A )。そして、この地域分割こそが、原発が日本全国に立地することになった原因だ。(なお、GHQそのものが地域分割を指示したという話もあります。)
ト:原子力発電による発電コストが戦後一貫して安いものとして言われてきた。2010年時点で、アメリカでは1kwh5セントという発電コストがアメリカ政府のサイトに記載されていたと思う。しかし、これらのコスト計算のもとになる資料はほとんど公開されていないし、そもそも、使用済み核燃料の処分は現実には行われていないので見積もりそのものが架空のものでしかない。更に、被曝による健康影響や重金属としての核物質の毒性などの調査結果もほとんどまったくと言って公開されていない。
ナ:1944年昭和東南海地震、1946年昭和南海地震と太平洋戦争終了時の前後にかけて大地震が日本では発生している。だからアメリカは明確に日本が地震国であることを理解していたはず。それなのに、1953年の原子力平和利用宣言で原発導入が進められたのは日本。最初に原発が造られたのが、1966年発電開始の茨城県の東海村であり、江戸時代から大正12年(1923年)の関東大震災に至るまでの地震被害が関東で多かったことは分かっていたはず。更に、東海原発の次に造られたのが若狭湾の敦賀1号機、美浜1号機で1970年に発電開始している。福島第一原発1号炉は1971年であり、地理的に見て大地震が明らかに起こりそうなところから原発が運転開始をしている。日本と同じく地震国であるイタリアでは日本よりも早く、1964年に最初の原発が商業運転を開始( https://www.iaea.org/PRIS/CountryStatistics/ReactorDetails.aspx?current=318 )しているが、1920年にM6の地震があったきりで、その後1970年代まで大きな地震は発生がない( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E9%9C%87%E3%81%AE%E5%B9%B4%E8%A1%A8#21.E4.B8.96.E7.B4.80_4 )。更に、「原子力反対運動やチェルノブイリ事故の影響を受け、1987年11月に原子力発電所の建設・運転に関する法律の廃止を求めた国民投票が行われ、その結果、1990年までに核燃料サイクル関連施設を含む全ての原子力施設が閉鎖された。」( http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=14-05-14-01 )ということで、その後、原発再開の動きがあったが、311の福島第一原発事故を受け、原発再開は完全に否定されている。
以上です。日本社会はあきらかに大きく世論コントロールされていて、破滅に向かいつつあるように思います。多分、首都直下地震や関東大震災が発生すれば、駅前商店街や住宅密集地で火災が発生し、大きな被害となるでしょう。耐火建築であっても、地震被害で建物が壊れれば、火災は広がっていきます。中層から高層のビルで座屈被害がかなりの程度発生するはずです。中層や高層のビルの転倒ということもあり得るはずです。311大地震ではM7規模の大地震が何回も継続して発生しましたが、同じようにM7規模の地震が継続して首都圏を襲うはずで、直下型の地震で基礎部分や1階の鉄筋が切断され、その後の周辺でのM7で横揺れがビルの横転を引き起こすはずです。首都圏は不動産の集中が進み、今更首都機能の移転をするわけにいかないということが意識されているのだと思いますが、座して死を待っているだけのように見えます。大きな被害を受けることになるのは明らかであり、そうなれば、首都圏だけが影響を受けるのではなく、大幅な円安、株安、債券安により日本全国が大きな影響を受けます。首都機能移転を大胆に進め、輸入比率の高いエネルギーと食糧の国産化を計画的に、そして、早急に進める必要があると思います。きちんとやれば、今からでも対策は可能であるはずです。
2017年02月28日05時20分 武田信弘 ジオログ(http//geocities.yahoo.co.jp/gl/taked4700)はヤフーブログ(http//blogs.yahoo.co.jp/taked4700)へ移行しました。CN:109285 SN:4079