複雑化する世界と勇気、そして予測不可能性

 いろいろな意味で今の世界は以前より複雑化していると思う。1995年にウィンドウズ95が出てきて以来、世界は決定的に変化してしまった。2重、3重の意味で情報操作がされていて、いろいろな出来事の意味がなかなか判断できない。

 地下鉄サリン事件が1995年3月20日、東電OL殺人事件が1997年3月19日と非常に社会への影響力の大きな事件がこの時期に相次いでいる。同時にこのころは長銀破たんなど、バブル崩壊に伴う社会の劣化が表面化してきた時期でもあった。そして、同時にこの時期は公立高校での入試不正が本格化した時期でもあった。多分、2000年前後にはかなり大量にインチキ入試とインチキ試験で養成された人たちが社会の各所に入り込んで行ったはずだ。そして、このことが大掛かりな世論操作が頻繁に行われていることの原因だと思う。

 しかし、何が起こっているかはっきり分からないからと言って、分かるまで待てばいいかとは言えないことが多い。何らかの意味で危機が迫っている場合などは、どうしても何らかの形で動き出す必要がある。それは、多分、基本的に勇気の問題だ。

 ただ、複雑化した結果、何が起こるかについて予測が難しい。そして、未来を予測することは誰にとっても難しいことだと思う。情報操作をやっている方も、それを受ける方も、勇気を持って行動しようと、しなかろうと、社会が複雑になればなるほど何が起こりつつあるかを見ることは困難になる。

 そうであれば、出来るだけの勇気を出して、出来るだけの注意をして行動をしていくことだと思う。

2014年07月30日05時30分 武田信弘 ジオログ(http://geocities.yahoo.co.jp/gl/taked4700)はヤフーブログ(http://blogs.yahoo.co.jp/taked4700)へ移行しました。1354