未来に向けて
既に60歳を迎えた自分が未来という言葉を使うことにためらいがあるが、仮に自分が存在しなくなってもこの社会自体はまだ存続するはずなので、未来に向けて考えることの意味はあると思う。
ただ、実際問題として、自分の意思というか、才能と言うか、何よりも努力というか、そういったものの不足が目立ってきて、最近は何となく不安とあきらめのような感覚がある。
一応、自分自身がどうしようとしているのかという自覚はあり、それなりに統一性を保つようにしている。ただ、実力と言うか、裏付けと言うか、そういったものが伴っているかというとはなはだ心もとない。
やろうと思っていることは確かにあり、それなりにやれるはずだとも考えている。しかし、実際はなかなか進展せず、予定は遅れっぱなしだ。このまま行くと、挫折と暗闇が待っているだけかという感覚もあり、かと言って、それに真正面から取っ組み合っていく気力も最近はなかなか出てこない。
20代のころ、垂直に切り立った崖をよじ登るような生活をしていくことがある意味理想だった。大きな負荷を背負うことが生きることの意味だとさえ思っていた。しかし、いつかそういった馬力は衰え、今では、高みを目指すのは避けた方が賢明なのかとさえ疑問を感じなければならない。
結局、何が大事かをより一層厳しく問われる状況になりつつあるのだと思う。既にポンコツになったエンジンをだましだまし使って何とか行けるところまで行くしかない。「人老いやすく学成り難し」は不変の真理だ。
2014年07月12日01時50分 武田信弘 ジオログ(http://geocities.yahoo.co.jp/gl/taked4700)はヤフーブログ(http://blogs.yahoo.co.jp/taked4700)へ移行しました。808