つまり、あさま山荘事件により、一般市民や学生のノンポリ化を進め、西山事件によってマスコミの政治権力への追及に一定程度のストップをかけ、その上で原発の一斉運転開始と電源三法制定に突き進んで行ったということだ。なお、この時期、日本は田中角栄首相の元、日本列島改造論を教義にして、大変に景気の良い社会だった。しかし、同時に、この時期に大学の学費が大幅に上がり出し、オイルショック前は年額10万円以下だった国立大学や多くの私立大学の学費が今では国立で50万円以上、私立では100万以上にもなっている。また、同時にこの時期は赤字国債の大幅発行が定着した時代であり、建設国債ならいくら発行してもいいという社会的な合意、実際にはとんだ勘違いと言うか屁理屈でしかないのだが、現在の大規模な財政赤字につながる財政の赤字体質が始まった時期でもあった。同時に、この時期以降、所得税制の変更がどんどんとされていき、社会の格差化が進む。現在の格差社会の基礎はこの時期に作られたものだ。だから、戦後日本の最初の曲がり角がこの1970年代前半であったと言っていいのではないだろうか。
そして、以上の経過を見れば、ある意味、毎日新聞は日本に原発を広めるためのいけにえにされたと解釈するのが本当だと思う。
2014年1月29日21時55分 武田信弘 ジオログのカウンターの値:42182