つまり、もんじゅのナトリウム漏れ事故は、あまり事故処理が大変にならないように考えた上で故意に起こされた可能性が強いのです。もんじゅの歴史を次に引用しますが、本体工事着工が1985年(昭和60年)であり、このころに既に二次系ナトリウム回路での事故が予定されていたのだと思います。特に今年2013年になってから発覚し、運転停止命令に結びついた、非常用発電機などの重要機器に関する13もの点検漏れはあまりにも不自然です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%82%E3%82%93%E3%81%98%E3%82%85 より部分引用:
1985年(昭和60年):本体工事着工
1990年(平成2年)7月20日:動燃アトムプラザ開館
1991年(平成3年)3月22日:ナトリウム現地受入れ(国内輸送)開始
1991年(平成3年)5月18日:機器据付け完了式典・試運転開始
1992年(平成4年)12月:性能試験開始
1994年(平成6年)4月5日:10時01分臨界達成
1995年(平成7年)8月29日:発電開始
1995年(平成7年)12月8日:ナトリウム漏洩事故発生
高速増殖炉はプルトニウムを大量に使う原子炉であり、それが事故を起こせば通常の原子炉事故よりも格段にひどい放射能漏れに至ります。そのことがあるため、アメリカでも高速増殖炉計画は放棄されましたし、日本でも、再稼働が近いとされたもんじゅで、原子炉内中継装置落下事故であるとか機器の点検漏れ事故が起こり、運転停止が決定されたのでしょう。日本で計画が中止されないのは、あくまで将来原発事故を起こさせる意図があるからのはずです。
地球的な影響がある原発事故は避け、しかし、世界中に大規模に溜まりつつある核廃棄物の処分場を確保しなければならないため、日本国内でだけ影響のある原発事故を起こす必要性が出てきます。そして、こういったことをやるためには、相当程度に世論工作が必要になるわけです。
農地改革によって作られた日本の支配体制は、基本的に社会全体が発展しながら、その中で支配機構に協力するものを優遇することに基礎を置いていました。地震による原発事故は急に起こるわけですから、こういった支配体制であっても原発が稼働する体制があれば計画はうまく行くわけです。しかし、人工的な原発事故を起こすためには社会全体がダメになっても自分さえよければそれでいいという人たちが大量に必要になります。
ここでは、農地改革と同規模か、またはより大規模な工作が必要となります。しかも、より厳しく他者を裏切るようなマインドコントロールが必要になるのです。農地改革同様、ここまで大規模になるとなかなかお金では工作ができません。そのために考えられたのが多分高校及び大学入試不正、または就職試験などを含めた広範囲な試験不正です。
埼玉県では1989年(平成元年)に幾つかの高校で合格確約がされていたことが報道されています。しかし、奇妙なことにその処分は行われませんでした。その後、土屋埼玉県知事が県内中学校での業者テスト実施を禁止し、それを受けて当時の鳩山邦夫文部大臣が全国での業者テスト廃止を行います。この時期、入試を不透明なものにする制度改変が集中的に行われていきます。中学での成績評価が相対評価から絶対評価へ変わり、公立高校への推薦入試が大幅に導入され、しかもその選抜方法を各高校で個別に決めていいことになり、推薦入試は宝くじと同じとさえ言われる状況になりました。また、指導要録の成績に関連する部分だけが従来の20年間保存から5年間保存へと変更になりました。従来は20年経過したものから順次指導要録として学年ごとに保存されているものをそのまま廃棄すればよかったのですが、この変更により、いちいち5年経過時に成績に関する部分だけを抜き出して廃棄することになったのですから、実務を無視した変更であり、成績関係資料の抹殺を狙ったものとさえ言えるでしょう。
また、この時期に大学へのAO入試が導入されていきます。アドミッションズオフィイス入試というもので、受験生に論文などを自宅で書かせ、それを専門の職員が評価して合否を決めるシステムです。また、従来からある推薦入試もより大規模になり、大学によっては半数以上の学生が普通の入学試験を受けずに入学するようになってしまいました。