「地球環境そのものの劣化、または生命体そのものの劣化が背景にあるともされた。食物そのものが人工的なものに置き換わったのが理由だと。」

 「ここに残っている食料も工業的に作ったものだからな。幾つかの遺伝子操作でタンクの中で培養したプランクトンの塊だ。」

 「昔は植物を、小麦を、パンを、そして肉を食べることができていたのに、この数百年はほとんどが人工的に工場生産したものしか食べれなくなった。どんな味がしたんだろう、自然のものは?」

 「分からない。しかし、生命体を殺すことがそのまま生きることにつながっていたことは確かだ。何かを殺さないと自らが生きられない。個の生活は常に他を殺すことによって成り立っていた。」

 「しかし、種は違う。互いに共同して組織を作り、技術を高度化し、文明を積み重ねてきた。そこに殺し合いはない。」

 「違う。人類は殺しあってきた。現代の状況を作った遺伝子欠陥は1900年代から2000年代に起こった大規模な放射能汚染が原因であり、それはあのころの原子爆弾や原子力発電所がもたらしたものだ。」

 「そう説明されるというだけで、本当のところは誰も分かっていない。」

 「地球の歴史から言って、地球誕生の直後にしか存在しなかったいろいろな放射性物質が新たにあの頃に環境中へ大量に放出されたのが原因だと説明がされている。生物進化の過程で耐性を獲得する機会のなかった放射性物質が遺伝子情報をかく乱したのだと。」

 「遺伝子情報の書き換えが行われたことが原因だという話しもある。」

 「植物や動物の遺伝子情報の書き換えが2200年にかけて盛んに行われた。放射能耐性を獲得させるのが目的だった。しかし、結局うまく行かなかった。ミトコンドリアの機能一つとっても解明ができなかったのだから。」

 「生命の揺りかご、海が死滅したのが2200年頃だという。」

 「2100年には鳥がほとんどいなくなったとされる。鳥類と言う存在が地球から消えたと。」

 「正確に言うと2030年から2100年は生物種の絶滅が起こった時代だった。」

 「いや、その前から生物種の減少は急激に起こっていたという。」

 「確かに1945年ごろからの減少が目立つ様子だ。」

 「無くなって行ったのは生物だけではない。言葉も無くなって行った。生物多様性が失われるとともに、世界の言語も多様性を失っていった。2200年には中国語と英語しか人びとが一般に使う言語は残らなかった。」

 「語彙そのものが減少した。以前は感情を表す言葉が多くあった。怒りを、悲しみを、喜びを、苦しみを表す言葉が多様に存在した。しかし、2500年ごろから感情を表わす表現はほとんど使われなくなったのだ。一つにはあの頃、人工授精しか行われなくなったからだという。政府が用意した遺伝子操作した精子と卵子を使って、政府が選んだ夫婦が子供を作る。そこにあるのは人間の機械化だった。」

 「そう。2600年ごろからは労働そのものが存在しなくなった。意思を使う必要性が無くなった。苦労をするということが無くなったから。すべては機械がやってくれた。」

 「それも違う。そのころは既に労働をする環境が無くなっていたんだ。生命体は自然環境で生活ができなくなっていた。大地を駆ける。海で泳ぐ。風に歌う。そんな環境自体がその頃には失われていた。生命体は壁の中へ、屋内に追い込まれていったんだ。」

 「確かに2300年ごろまでは男と女の恋の物語が存在していたという。互いにより良いパートナーを求めて争ったのだろう。しかし、今の我々には全てが確率の問題だ。確率の問題に感情はいらない。」

 「確率の問題と言うよりも支配の問題だった。政府が支配するとき、感情があることが問題だからだ。」

 「支配の平等さを求めるために支配そのものが機械化された。あれも間違えだった。」

 「平等さを求めることが間違えだと?」

 「そうではない。機械化が間違えだった。」

 「人間は間違える。機械は間違えない。」

 「人間は裏切る。機械は裏切らない。だから政府が支配を機械化したんだ。これによって、人間が機械に支配されることになった。」

 「君も僕も育ったのはロボットの家庭だからな。」

 「ああ。母親のIDカードを見たときに初めて分かったけれど、2711年製だった。」

 「父親も母親もロボットになったから、人類は最も大変な労働から解放された。次世代を育てるという労働からの解放だった。」

 「しかし、それは解放とも言えない。既に子供を育てるということ自体が不可能になっていたからだ。」