http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/eqb/photo/kawase/image/V2026.jpg

http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/eqb/photo/kawase/Jap/Photo/PhotoV2027.html旧A棟1階東側東面と南面 : グランドへの坂道から見たつぶれた柱
座屈している1スパン目の外壁を写したもの。多少見えにくいが、色の濃い外壁の中央に水平に入っている線が2階の床面の位置を示していることが写真左の教室の床面の位置から分かる。
色の濃い外壁にほぼ水平に入る亀裂は、単なるひび割れではない。2階の床面と1階の床面がかみ合っている亀裂なのだ。つまり、外壁自体も一階部分の高さ3mほどの鉄筋コンクリート壁がほぼ完全に破壊されて、飛び散ってしまったことが分かる。これだけ見ても、こういった破壊が、水平方向への揺れを受けて起こったとはとても思えない。


http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/eqb/photo/kawase/Jap/Photo/PhotoV2026.html 旧A棟1階東側東面の柱 : グランドへの坂道から見たつぶれた柱
座屈した1スパン目の外壁を東側から写したもの。横に入っている線は2階の床面の高さを示している。
地震衝撃波の存在を無視する論文の説明では、東側2スパン分は、それ以西の校舎部分によって西へひっぱられて、その横方向の力を受けることによって、一階の柱が壊れたとしている。
しかし、校舎の東側2スパン分全体、つまり、校舎の1階から5階に至る2教室分の校舎全体に西へ横方向に引く力が働いたのなら、2スパン目の西側の下の角を支点にした、校舎の南側から見て反時計回りの力が働かなくてはいけない。つまり、上の写真の部分は、横方向へ移動するよりも斜め上方に持ち上げられていなければいけないのだ。このことは容易に推測がつく。直方体の箱を底面を固定して、左方向へ力を加えれば、底面の、左側の角を中心にして反時計回りに回転する力が働くからだ。もう少し厳しく考えて、底面が固定されているために、反時計回りの力が働かなかったとしても、単に校舎の西側部分が西へ10cm程度側方流動しただけなら、一階部分の柱が軽く西側へ傾くだけで済んだはずではないだろうか。なぜ、10cm程度の横方向の動きだけで、長さ3mほどの一階部分の柱が完全に粉々になるのか。横方向への力が働いたのなら、柱の上下端に破壊が起こり、柱の中間部が粉々になることはまずない。
現実の写真が示していることは、東側2スパン分の柱や外壁の1階部分がほぼ完全に粉々に破壊されたということだ。引っ張り力というよりも圧縮力がこの部分のコンクリートに働いた結果、こうなったと見える。


http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/eqb/photo/kawase/Jap/Photo/PhotoV1011.html旧校舎 : 旧A棟3階職員室 : 座屈部分
机上にある書類は地震後整理されたものかもしれない。しかし、机がもともとの列になったままだ。もし、机の列が揺れで動いたのなら、わざわざ坂になった部分に机を一直線に並べようとはしないだろう。つまり、通常の地震の縦揺れも横揺れもあまりなく、衝撃波によって瞬間的に東側2スパン分の1階部分が座屈した結果、この3階部分を含んで3スパン目が1階から5階まで斜めに破壊されたのだ。なお、 写真中央にある机を見ると、机の脚が床に固定されていた様子はない。職員室の机は毎年人事異動のために配置を変えるので普通床に固定しない。

 衝撃波の存在を無視している「兵庫県南部地震による市立西宮高校校舎の破壊機構」の主張に対する反論を再度ここでしてみよう。
この論文では、校舎の破壊原因を「埋立て地盤の沈下と校舎西側にある水路に向けての側方流動の総合的な影響」とし、地震衝撃波の影響を認めていない。ごく簡単に言えば、まず、地震によって不同沈下が起こり、それで、3スパン目の基礎が破壊され、次に側方流動によって校舎の西側が西へ動いたが、校舎東側2スパン分は硬い地盤に固定されていたために動けず、それに引っ張られて東側の1階部分が座屈したという説明がされている。
 しかし、ごく普通に考えて、不同沈下と側方流動が別々に起こるはずはないし、ましてや、最初に不同沈下が起こって、次に側方流動が起こるということはありえない。ゴム風船に息を吹き込めば、内部の圧力が高くなって風船は膨らむが、このとき、確かに、圧力が高くなったことが原因で風船が膨らむが、圧力の上昇と風船の膨張は同時的に進行する。この論文にも、「実際にはほとんど同時に進行したものと考えるべきであろう」と書いてある部分がある。