同様に優遇した日本社会や企業をつぶす手段も用意されていたのです。それが原発でした。戦後、優遇された日本企業は家電会社と自動車会社が主なものでした。その中で最大の企業はトヨタでありそのトヨタへの電力供給を主な口実として作られたのが静岡県御前崎市の浜岡原発でした。この地域は東海地震の震源域であり、浜岡原発は震源域のほぼ中央に位置していると言われています。なぜこのような危険な地点に原発が作られたか、報道では東海地震が繰り返しこの地域で起こることが判明する前に浜岡原発の建設が決定されたとされますが、これは虚偽です。日本の地震学会の中心人物であった茂木清夫東大教授が東大地震研究所の月例会で東海地震が繰り返しこの地域で起こることを指摘し、それが全国紙で大きく取り上げられていたのが1969年の秋であり、浜岡原発1号機の設置許可が認可されるのがその翌年であるからです。1号機の着工は1971年であり、福島第一原発の1号機が営業運転を開始したのとほぼ同時期です。東海原発1号機の着工が1960年、敦賀原発1号機が1966年、美浜原発1号機が1967年、玄海原発1号機が1970年、柏崎刈羽原発1号機が1978年の着工です。これらのことから分かるのは、トヨタの本社がある名古屋と首都圏の中間地点に浜岡原発を建設することにより、東海地震が起こったらそれがトヨタや首都圏の壊滅に結びつく仕組みが目立たないように注意深く仕込まれていたということです。これとほぼ同趣旨のことを広瀬隆という作家が「原子炉時限爆弾」という著作で述べています。そして、だからこそ、地震国日本において耐震性が本当には証明されていないにもかかわらず50機以上の原発が作られ続けてきたのです。311の福島第一原発事故の原因究明が進まず、原発廃止の動きが鈍いのも全て将来原発事故により日本社会の破滅が予定されているからでしょう。
9.日本における原発の位置づけは以上のようなものですが、アメリカ国内ではどうでしょうか。アメリカでは現在104機の原子炉が稼働中です。しかし、1979年のスリーマイル島原発事故以来1機も新規に建設された原発はありません。スリーマイル島原発事故は原発運転員の操作ミスによって起こった事故でした。原子炉の圧力容器から核燃料が漏れる直前奇跡的に溶けた核燃料の冷却に成功し、実質的にほとんど放射性物質の原子炉からの拡散は起こらずに済んだのです。事故を起こした2号炉は営業運転開始から3ヶ月でした。1986年のチェルノブイリ原発4号機事故は4号機の運転開始の2年後に起こっていて、当時4号機まであったチェルノブイリ原発の中での最新鋭機でした。新しい原子炉でこうした事故が起こることは不思議なことです。またスリーマイル島原発事故当時「チャイナシンドローム」という原発事故を扱ったハリウッド映画がアメリカ全土で上映中でした。スリーマイル島原発事故で実際にはほとんど放射能漏れが起こらなかったにもかかわらず「チャイナシンドローム」という映画が恐ろしい被害を与える原発事故を描いていたため、アメリカ国内で原子炉に対する安全管理をより徹底する世論が強まり、その結果、さまざまな安全対策が原子炉に施されることになって行きました。これが原子炉の建設費の高騰を招き、新規原発の建設がストップする現状につながっています。ただ、既に100機以上の原子炉が運転されていたので、核弾頭製造のためのウラン採掘や古くなった核弾頭の処分の問題を隠すに足るだけの原子力発電所は充分にできていました。つまり、スリーマイル島原発事故はあらかじめこういったタイミングを見て起こされたと解釈することもできるのです。更に、原発に関してアメリカではもう一つ大きな動きがされています。それは2001年、当時のアメリカ大統領ブッシュによる原子力ルネッサンス宣言です。化石燃料の価格高騰や地球温暖化を背景にして原子力発電の復権を謳ったものでした。これが主に発展途上国への先進国からの原発プラント輸出という動きへつながっていきます。
9.日本における原発の位置づけは以上のようなものですが、アメリカ国内ではどうでしょうか。アメリカでは現在104機の原子炉が稼働中です。しかし、1979年のスリーマイル島原発事故以来1機も新規に建設された原発はありません。スリーマイル島原発事故は原発運転員の操作ミスによって起こった事故でした。原子炉の圧力容器から核燃料が漏れる直前奇跡的に溶けた核燃料の冷却に成功し、実質的にほとんど放射性物質の原子炉からの拡散は起こらずに済んだのです。事故を起こした2号炉は営業運転開始から3ヶ月でした。1986年のチェルノブイリ原発4号機事故は4号機の運転開始の2年後に起こっていて、当時4号機まであったチェルノブイリ原発の中での最新鋭機でした。新しい原子炉でこうした事故が起こることは不思議なことです。またスリーマイル島原発事故当時「チャイナシンドローム」という原発事故を扱ったハリウッド映画がアメリカ全土で上映中でした。スリーマイル島原発事故で実際にはほとんど放射能漏れが起こらなかったにもかかわらず「チャイナシンドローム」という映画が恐ろしい被害を与える原発事故を描いていたため、アメリカ国内で原子炉に対する安全管理をより徹底する世論が強まり、その結果、さまざまな安全対策が原子炉に施されることになって行きました。これが原子炉の建設費の高騰を招き、新規原発の建設がストップする現状につながっています。ただ、既に100機以上の原子炉が運転されていたので、核弾頭製造のためのウラン採掘や古くなった核弾頭の処分の問題を隠すに足るだけの原子力発電所は充分にできていました。つまり、スリーマイル島原発事故はあらかじめこういったタイミングを見て起こされたと解釈することもできるのです。更に、原発に関してアメリカではもう一つ大きな動きがされています。それは2001年、当時のアメリカ大統領ブッシュによる原子力ルネッサンス宣言です。化石燃料の価格高騰や地球温暖化を背景にして原子力発電の復権を謳ったものでした。これが主に発展途上国への先進国からの原発プラント輸出という動きへつながっていきます。