2011祈り188 2011年9月21日(水)

 中部地方から関東は台風で大変だったようだが、こちら指宿は台風一過穏やかに晴れた一日だった。ただ、朝から落ち着かず、なんとなく不安な一日だった。多分一週間ぶりぐらいに風呂に行った。自宅ではいろいろな理由で風呂に入れず、また、いわゆる温泉も銭湯もいろいろな嫌がらせが隠れて行われるので、あまり行く気になれないのだ。こんな生活を送っていることは多くの一般市民にはとても信じられないだろう。でも、僕から言わせてもらえれば、一般市民が隠れて僕に対して嫌がらせをすることの方がよっぽど信じられないことなのだ。

 本当に社会はどんどん劣化している。上の方の奴らが自分たちの利益を確保するために、多少のまたはかなり大掛かりな不正を許してしまっているからだ。

 しかし、社会は金によってのみ動くわけではない。最も基本にあるのは生命への慈しみだ。母親が子供を育て、父親が外で働き家族の生活を支えようとするのは、何もそれで金が手に入るからではない。また、いくら金を積まれてもそう言った最も基本的な生活の形を変えることは出来はしない。一部の人間にそれができると思われているのは、他の多くの人たちがそういった社会本来の姿を懸命に支えているからだ。そもそも、やがて老いて死にゆく時に金に何の意味があるのだろう。

 チェチェンに絡んだ「ベスラン学校占拠事件」についての記事を書いたが、これは、日本社会もやがて今のロシアと同じように公然と殺しが行われ、テロが偽装される社会になるという危惧を抱いているからだ。あまりに社会が劣化していくと、シャヒドカのような存在が出てこざるを得なくなるはずだ。爆薬付きのベルトを付けた自爆覚悟の女性たちだ。最も生命への慈しみを自覚して来ているから、そう動かざるを得なくなるのだろう。

Each time a man stands up for an ideal,
or acts to improve the lot of others,
or strikes out against injustice,
he sends forth a tiny ripple of hope,
and crossing each other from a million
different centres of energy and daring,
those ripples build a current that can
sweep down the mightestwalls of
oppression and resistance.
Robert Kennedy, 1966

*6月8日の記事「近づく戦争・テロ社会、これらの動きを止めるべきでは?」から一連番号を付しています。<<729>>
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