2011祈り178 2011年9月11日(日)

 今は9月13日の午前0時55分。二日分日記を書くのをさぼってしまった。特に理由はない。単にボケっとしていただけだ。
朝比較的遅い時間に近くのコンビニへ新聞を何種類か買いに行った。911のテロや311の原発震災についての特集記事が出ているだろうからそれを読みたいと思ったからだ。しかし、予想していたような大部の特集はなく、数頁のものがあるだけだった。
何か自分で考え違いをしているというか、忘れているものがあるような気がしていろいろなことを考えていた。夕方から「嘘つきアメリカのアポロ計画」というタイトルの記事を書こうとし、途中で疲れてしまい寝てしまった。その書きかけの記事を引用しておきます。以下引用:

 「『うそつき病』がはびこるアメリカ 」という本があるそうだ。つまり、僕はまだ読んでいない。911のテロがあった2001年の3年後である2004年に出版されているので、それなりにアメリカ人自身も自覚があるのだ。Amazon.comのカスタマーレビューで最も参考になったとされているカスタマーレビューが面白い。簡単に言えば「モラルが落ちれば社会的なコストがどんどん掛かり、モラルが落ちた社会は存続できない」と述べて、最後に「筆者は物事の核心をついている。我々は誠実さ( integrity )を失ってしまったのだ」と書いている。( http://www.amazon.com/Cheating-Culture-Americans-Doing-Wrong/dp/0151010188 )
 現実のアメリカ社会も今社会的なコストの増大に悩んでいるはずだ。多分ビル・ゲイツが主導したパソコンとインターネット、地デジ放送、そしてサブリミナル効果を使ったマインドコントロールであまりコストをかけずに世界支配が出来ると考えていたのだ。ところが現実はそう簡単ではなかった。騙す方も騙される方もいろいろな人がいるし、皆が歳をとる。結局幾ら騙してもやがて自らも死ぬしかないのだ。死を乗り越えるには新しい生命を育てるしかない。しかし、そのためには究極的な他者、異性が必要だ。そこでだましはなかなか通用しない。
 integrate(統一する)とintegrity(誠実さ、完全さ)が同じ語源を持つというのも示唆に富む。完全さとは全体を意識したものなのだ。しかし、だましは常に相手を排除する。ここでもだましと誠実さ・完全さは両立し得ない。

以上引用終わり。

*6月8日の記事「近づく戦争・テロ社会、これらの動きを止めるべきでは?」から一連番号を付しています。<<704>>
TC:36517, BC:128441, PC:?, Mc:?