2011祈り148 2011年8月11日(木)
8月8日(月)の日記で触れた選挙中に電話をくれた方(X氏とする)と会っていくつか聞きたいことがあるので、まずは住所を調べようと、埼玉地裁へ行く。今度はちゃんと住民票を持ってだ。ちょうど昼過ぎに着き、12時を少し回った時点で民事受付の部屋へ入った。12時15分から昼の休憩だという。用件だけを話して午後1時からの閲覧となる。午後1時に行くと、なんと判決書だけの閲覧だという。閲覧申請者が1週間かそのぐらい前にいたはずで、その人の連絡先を知りたいから閲覧申請している。それが見れないのはおかしいではないかと言うと、検討するから少し待ってくれとのこと。結局、閲覧申請票のみ見ることができた。そこには、市立図書館カードで身分証明書としたことと印鑑不所持でサインで済ましたことが書かれていた。
その後、その方の住所地へ行ってみたが、人が住んでいるように見えない。近隣の方に聞いても知らないと言う。そのうちに雨が降り出し、近くの薬局へ入り、整腸剤とレモン果汁のドリンクを買って、店内で雑談をする。X氏を探しているのだがと聞くと、たぶん知っていると答える。様子を聞くと、X氏から直接電話で聞いた話と少し齟齬がある。レモン果汁のドリンクも飲んだときは違和感がなかったが、数分たつと軽い違和感を胃のところに感じる。
大宮駅の構内のレストランでアイスコーヒーを頼んで本屋さんで買った原発関連の本を読んで時間をつぶし午後9時以降にまたX氏の自宅へ行ったが、やはり人がいる様子がない。
今日、ビタミンC入りのペットボトルを合計5本買ったがどれも飲むと違和感を感じるものだった。そのうちの一本は少し触っただけだったが、1分ほどしたら指のペットボトルに触れた部分が痛み出した。その痛みは1時間以上続いた。こういったものをほんの少しでも飲むと、その後半日ほどはひどく胃が焼ける状態になる。
食料品や医薬品、飲み物に何らかの毒物を仕掛けて商店の方たちに売らせることを裏で指揮をしている方たちへ言っておきたい。そういうことをやっても長期的に考えたらまったく何のプラスにもならないと。もちろん被害を受けている僕にとってのプラスのことを言っているわけではない。工作をやっている人たち自身にも、そして彼らを含めた社会全体にもまったくプラスにならないという意味だ。人に危害を加える場合は、それなりに手続きを経なければいけない。危害を加えることが正当なことであるかどうかを検証する必要があるからで、その健勝に必要な最低限のことは、危害を受ける人間にそのわけを知らせ、その言い分を聞くことだ。僕の場合、こういった手続きはまったく無視されていて、ひどい場合は、僕が告発していることなどを書いた書類を持っていっても、それらを読まないと公然と言う連中さえいる。
非常に多くの人が自分で考えることができなくなっている。
8月8日(月)の日記で触れた選挙中に電話をくれた方(X氏とする)と会っていくつか聞きたいことがあるので、まずは住所を調べようと、埼玉地裁へ行く。今度はちゃんと住民票を持ってだ。ちょうど昼過ぎに着き、12時を少し回った時点で民事受付の部屋へ入った。12時15分から昼の休憩だという。用件だけを話して午後1時からの閲覧となる。午後1時に行くと、なんと判決書だけの閲覧だという。閲覧申請者が1週間かそのぐらい前にいたはずで、その人の連絡先を知りたいから閲覧申請している。それが見れないのはおかしいではないかと言うと、検討するから少し待ってくれとのこと。結局、閲覧申請票のみ見ることができた。そこには、市立図書館カードで身分証明書としたことと印鑑不所持でサインで済ましたことが書かれていた。
その後、その方の住所地へ行ってみたが、人が住んでいるように見えない。近隣の方に聞いても知らないと言う。そのうちに雨が降り出し、近くの薬局へ入り、整腸剤とレモン果汁のドリンクを買って、店内で雑談をする。X氏を探しているのだがと聞くと、たぶん知っていると答える。様子を聞くと、X氏から直接電話で聞いた話と少し齟齬がある。レモン果汁のドリンクも飲んだときは違和感がなかったが、数分たつと軽い違和感を胃のところに感じる。
大宮駅の構内のレストランでアイスコーヒーを頼んで本屋さんで買った原発関連の本を読んで時間をつぶし午後9時以降にまたX氏の自宅へ行ったが、やはり人がいる様子がない。
今日、ビタミンC入りのペットボトルを合計5本買ったがどれも飲むと違和感を感じるものだった。そのうちの一本は少し触っただけだったが、1分ほどしたら指のペットボトルに触れた部分が痛み出した。その痛みは1時間以上続いた。こういったものをほんの少しでも飲むと、その後半日ほどはひどく胃が焼ける状態になる。
食料品や医薬品、飲み物に何らかの毒物を仕掛けて商店の方たちに売らせることを裏で指揮をしている方たちへ言っておきたい。そういうことをやっても長期的に考えたらまったく何のプラスにもならないと。もちろん被害を受けている僕にとってのプラスのことを言っているわけではない。工作をやっている人たち自身にも、そして彼らを含めた社会全体にもまったくプラスにならないという意味だ。人に危害を加える場合は、それなりに手続きを経なければいけない。危害を加えることが正当なことであるかどうかを検証する必要があるからで、その健勝に必要な最低限のことは、危害を受ける人間にそのわけを知らせ、その言い分を聞くことだ。僕の場合、こういった手続きはまったく無視されていて、ひどい場合は、僕が告発していることなどを書いた書類を持っていっても、それらを読まないと公然と言う連中さえいる。
非常に多くの人が自分で考えることができなくなっている。