浜岡原発事故が伝えられると一般市民は避難しようとしたが地震による混乱のためほとんど徒歩での避難しかできなかった。避難が遅れ、原発周辺の80キロ圏からの避難完了に2週間以上かかった。そのため、放射性物質のエアロゾルを大量吸い込んだ市民が100万人単位で出てしまい、2014年現在、不眠や疲れやすさなどの体調不良を訴える人が多く、将来の発癌が心配されている。

 2014年現在、浜岡原発の事故処理は一切できていない。事故発生から2年が経過しても再臨界が断続的に起こり放射線が強すぎて誰も近寄れないからだ。そのため強い放射能汚染が進行していて80キロ圏内だけでなく、関西地域から東北地方一帯までが居住不適格になることが予想されている。

 強い放射能を持った汚染水が海や地下へ流れ込んでいて、海洋汚染と地下水汚染が拡大しているが、まったく手当されていない。

 富士山の地下での地震活動が活発化していて近い将来の噴火があると警告されているが、それだけではなく、南は霧島や桜島、北は大雪山まで火山活動の活発化が観察されている。

 進みつつあった東北地方の復興も完全にストップし、人々の多くは北海道や九州、四国、沖縄へ移住を始めている。

 2011年の国会で首都機能移転が検討されたが利害関係が交錯し結局何も決まらなかったが、東海地震発生により、中央省庁や国会は北九州への移転が決まり、2014年現在、移転はほとんど完了しつつある。しかし、新規のビル建設は行われず、既存の建物を借り上げそこへ入居する形式がとられている。国会は博多の郊外にある大型ホテルを借り上げて開かれている。

 2011年の東北地方大震災の復興予算として復興債3兆円の発行がされ、税制の改定が行われたが小幅の改定にとどまっていた。そこへ東海地震による大規模原発震災が起こったため、いっきに財政が悪化した。

 2012年春の浜岡原発震災対策として挙国一致内閣が立ち上げられたが、経済の悪化は止まらなかった。円安が激しく進行し、2012年夏には1ドル200円、秋には400円になり、2014年現在1ドル800円から1000円にまでなっている。国内企業で技術力のある企業はみな海外脱出を始めていて、既に800社ほどは中国や東南アジア、北米へ本社を移転していた。

 円安に伴う輸入物価高と国内産業の空洞化によりハイパーインフレが起こりつつあり、2012年のインフレ率は200%を超え、2014年は500%を超えることが予測されている。極度の不況のため増税は不可能になり、インフレ抑制のために国債発行もできず、公務員は給料の遅配が慢性的になっている。年金についても高額な年金支給のカットだけでは財政悪化に追い付かず、支給そのものの取りやめが検討されている。

 2011年年末に浜岡原発と伊方原発については廃炉を目指した運転停止が決まったが、その他の原発については安全対策を徹底した後の運転再開が決まっていた。そのため、幾つかの原発は2012年春の時点で運転再開をしていた。原発による発電が継続されていたことと太陽光発電の大規模開発が政府により促進されていたため、2012年春の東海地震発生と浜岡原発震災で一切の原発が停止になり、電力不足が一挙に顕在化した。1兆円ほどの資金を投入して進められていた太陽光パネルの民間住宅への設置はそのほとんどが関東地方と大阪を中心とする関西で行われていたため、浜岡原発震災によりその一切が無駄になってしまった。

 日本への国際的な援助活動は活発に行われたが、北海道への援助活動をしているグループから青森県の六ヶ所村原子力施設への不安が指摘された。近い将来地震が六ヶ所村一帯を襲い、その結果北海道も放射能汚染される可能性があると言うのだ。しかし、九州・四国と沖縄だけで一億人を超える人々を受け入れることが出来ないので大規模な移民が検討されることになった。

 南海地震や東南海地震が起これば九州や四国もかなり被害を受けるし、川内原発や玄海原発が事故を起こす可能性もあった。つまり、日本国内で安全と言えるのは沖縄と離島だけになってしまったのだ。このことにより、国内世論も海外移住をしようということでまとまりつつあり、政府が世界各国と移住受け入れを協議をしている。しかし、1億2千万人をまとめて受け入れることは完全に不可能であり、ほとんどの国は千人規模での受け入れを表明することしかできなかった。その中で、アメリカ、カナダ、オーストラリアの3か国は1千万人規模の移住受け入れを表明した。特にアメリカは5千万人程度の受け入れが可能とし、その条件として、日本政府が持っている米国債の無償返還を言い出していた。