原子力の何が危ないのか!
多くの人たちの頑張りによって今回の福島第1原発事故は過酷事故にはならずに収まりそうだ。まだまだ現場での危険な作業は続き、これらの人々には本当に頭の下がる思いだ。
福島第一原発の6機の原子炉は確実に廃炉になるだろう。しかし、廃炉処理自体が何年にも、多分、何十年も渡る作業だ。そして、日本には約50機ほどの原子炉が動いている。
原子力の危険さは、どんな事故が起こるか、それが分かっていない点だ。今回の事故も、想定以上の津波が来たせいだとされる。想定外だから仕方がないでは済まされない。実際に10mを超える津波が来たのだから、想定の甘さがあったのであり、10mを超える津波への対策をしていたら、建設費がかかりすぎて、原子力をやる意味がなかったはずだ。
アメリカでは、1979年のスリーマイル島原発事故後、一つとして新規原発の建設が行われていない。実際に一つだけは着工されたが、それも昨年10月に工事中止になっている。理由は安全対策費が高騰し、経済合理性が無くなったせいだ。アメリカでは新規建設の申請だけは数十されているが、みな、着工には至っていない。まるで、疑似餌のようなもので、日本のメーカーはみなこれにつられているように見える。
つまり、原子力は巨大ビジネスで、建設や運転を請け負えば、それだけでかなりの収益に結びつく、そういったものに少なくとも表面的にはなっている。しかし、実質は異なり、想定外の事故が起これば、電力会社とか建設会社の経営を危うくするどころか、その国自体の存亡の危機をもたらすのだ。もし、東芝とか日立、三菱といったメーカーが外国で原発建設を請け負って、それが事故ってしまえば、契約内容によっては、日本政府がその海外の国の損害を賠償する義務を負うことになる。ヘタをしたら数十兆円では済まない賠償義務を日本政府がしょい込むことになるはずだ。そして、仮に不測の事故が起こらない場合の利益は単にそういったメーカーの収益が多少上向くと言うだけだ。
なぜ、一国の命運を左右するほどの損害が出てしまうかと言ったら、ひとえに、放射能汚染があり得るからだ。半減期が数日から数億年まで、さまざまな放射性物質が環境中へ排出されてしまう可能性があるのが原子力の特徴で、もし、多量に漏れ出しが起こったら、その土地はほぼ永久に居住不可能になる。そして、漏れ出しは、一度起これば、数キロ四方という狭い範囲ではすむことはなく、半径100kmほどにはなってしまう。これほどの土地を買い取り、そこで行われていた様々な活動についてその損害を賠償するのは、とても民間企業には無理であり、一国の政府の力をもってしても、相当な負担になる。
では、環境への大規模な漏れ出しはどの程度あり得るのだろう。そう簡単にはありえないと言うのが多くの専門家の答えだろう。しかし、この答えには落とし穴がある。環境によって、想定外の事故が起こる確率は大きく異なるのだ。フランスやイギリスなどでは地震がほとんど起こらず、想定外の事故が起こる確率は比較的小さい。しかし、日本は地震国であり、また火山国でもあり、そして、必然的に大きな津波を受ける国でもある。想定外の事故が起こる確率は格段に大きいのだ
マグニチュード4とか5程度の地震が原発の近くで起こっても、事故に至らずに平常運転を続けることができる程度まで原発技術は成熟している。しかし、例えば、今回の東北地方太平洋沖地震のように、マグニチュード9の地震が起こす津波に対しては、ほとんど対策が立てられていなかった。今回の経験で、今後、同様な規模の地震や津波に対して対策が立てられるだろうか?自分は疑問に思う。あまりに安全のための費用が掛かりすぎるのだ。実を言うと、現状でも原発はかなり高価な発電方法であり、実際にどの程度まで費用が掛かるのかは算定ができていない。これは、まだ世界で一国も高レベル核廃棄物の処分ができていないからだ。1kwh5円ほどと言われる原発での発電コストは、さまざまなコストをそのように見積もっていると言うだけのことであり、現実にそういったコストで発電ができていると言うことではない。将来発生するコストをみんなで無視をして行っているのが現在の原発による発電事業なのだ。
多くの人たちの頑張りによって今回の福島第1原発事故は過酷事故にはならずに収まりそうだ。まだまだ現場での危険な作業は続き、これらの人々には本当に頭の下がる思いだ。
福島第一原発の6機の原子炉は確実に廃炉になるだろう。しかし、廃炉処理自体が何年にも、多分、何十年も渡る作業だ。そして、日本には約50機ほどの原子炉が動いている。
原子力の危険さは、どんな事故が起こるか、それが分かっていない点だ。今回の事故も、想定以上の津波が来たせいだとされる。想定外だから仕方がないでは済まされない。実際に10mを超える津波が来たのだから、想定の甘さがあったのであり、10mを超える津波への対策をしていたら、建設費がかかりすぎて、原子力をやる意味がなかったはずだ。
アメリカでは、1979年のスリーマイル島原発事故後、一つとして新規原発の建設が行われていない。実際に一つだけは着工されたが、それも昨年10月に工事中止になっている。理由は安全対策費が高騰し、経済合理性が無くなったせいだ。アメリカでは新規建設の申請だけは数十されているが、みな、着工には至っていない。まるで、疑似餌のようなもので、日本のメーカーはみなこれにつられているように見える。
つまり、原子力は巨大ビジネスで、建設や運転を請け負えば、それだけでかなりの収益に結びつく、そういったものに少なくとも表面的にはなっている。しかし、実質は異なり、想定外の事故が起これば、電力会社とか建設会社の経営を危うくするどころか、その国自体の存亡の危機をもたらすのだ。もし、東芝とか日立、三菱といったメーカーが外国で原発建設を請け負って、それが事故ってしまえば、契約内容によっては、日本政府がその海外の国の損害を賠償する義務を負うことになる。ヘタをしたら数十兆円では済まない賠償義務を日本政府がしょい込むことになるはずだ。そして、仮に不測の事故が起こらない場合の利益は単にそういったメーカーの収益が多少上向くと言うだけだ。
なぜ、一国の命運を左右するほどの損害が出てしまうかと言ったら、ひとえに、放射能汚染があり得るからだ。半減期が数日から数億年まで、さまざまな放射性物質が環境中へ排出されてしまう可能性があるのが原子力の特徴で、もし、多量に漏れ出しが起こったら、その土地はほぼ永久に居住不可能になる。そして、漏れ出しは、一度起これば、数キロ四方という狭い範囲ではすむことはなく、半径100kmほどにはなってしまう。これほどの土地を買い取り、そこで行われていた様々な活動についてその損害を賠償するのは、とても民間企業には無理であり、一国の政府の力をもってしても、相当な負担になる。
では、環境への大規模な漏れ出しはどの程度あり得るのだろう。そう簡単にはありえないと言うのが多くの専門家の答えだろう。しかし、この答えには落とし穴がある。環境によって、想定外の事故が起こる確率は大きく異なるのだ。フランスやイギリスなどでは地震がほとんど起こらず、想定外の事故が起こる確率は比較的小さい。しかし、日本は地震国であり、また火山国でもあり、そして、必然的に大きな津波を受ける国でもある。想定外の事故が起こる確率は格段に大きいのだ
マグニチュード4とか5程度の地震が原発の近くで起こっても、事故に至らずに平常運転を続けることができる程度まで原発技術は成熟している。しかし、例えば、今回の東北地方太平洋沖地震のように、マグニチュード9の地震が起こす津波に対しては、ほとんど対策が立てられていなかった。今回の経験で、今後、同様な規模の地震や津波に対して対策が立てられるだろうか?自分は疑問に思う。あまりに安全のための費用が掛かりすぎるのだ。実を言うと、現状でも原発はかなり高価な発電方法であり、実際にどの程度まで費用が掛かるのかは算定ができていない。これは、まだ世界で一国も高レベル核廃棄物の処分ができていないからだ。1kwh5円ほどと言われる原発での発電コストは、さまざまなコストをそのように見積もっていると言うだけのことであり、現実にそういったコストで発電ができていると言うことではない。将来発生するコストをみんなで無視をして行っているのが現在の原発による発電事業なのだ。