2011祈り36 2011年2月5日(土)
どこにも出かけず、買い物にも行かず、一日中家にいた。
鹿児島市では18度にもなったようだ。こちら指宿は多分15度程度だったろう。かなり暖かくて厚手のシャツを着ただけで過ごすことが出来た。
6日(日)の朝7時のニュースで永田洋子の死を報じていた。1972年、僕が高3の卒業間際の事件だった。あの事件によって、それまでの社会の弱者へ目を向けていた学生運動や社会運動というものがほぼなくなってしまったのだ。それほど、あの内ゲバ殺人事件は凄惨な印象を社会に与えた。同時に、そのころの報道で森恒夫の存在が事件の経過に大きな影響を与えていたことを知って、永田洋子にはどれほどの責任があるのかと思っていた。森恒夫が巧妙に組織の情報統制をしていて、「総括」というリンチ方式を考え出したのも森恒夫だった。永田洋子はまさに利用された存在だったと言えると思う。森恒夫は拘置所で自殺をしたと言われているが疑問を持っている。彼が生きていたら、永田洋子の死をどう思うだろう?多分、平成の最初のころまでは、自分のやった工作は社会的に言って成功したと考えていただろう。でも、今の状況を見てどう考えるだろうか?少なくとも内ゲバで殺されていった人たちはごく普通の多分かなり善意で行動されていた人たちだったはずだ。内ゲバを仕込み、社会全体をエコノミックアニマル化した結果あるのが、今の日本の原発と地震の状態だ。多分、200兆円を超える米国債を抱え込み、その償還を言い出すこともできずにいる日本。浅間山荘事件をやったのは果たして正しいことであったのかという疑問は少なくともあっていいはずだと思う。
こういったことの背景には、一部の人の思い上がり、情報独占があると思う。一般市民がなかなか世界の情勢を理解しないのはある意味事実なのだろう。しかし、だからと言って単に誘導するのはよくない。社会がどんどんと複雑化し、より広い、そして長期的な視線を必要とするとき、一部の人間が情報独占をすると、ちょっとした判断の誤りが大きな被害を社会全体に及ぼすようになる。少なくとも、日本の社会は責任ある地位にある人の発言を信頼する社会なのだから、現代のリーダーたちはもっと現在日本社会が直面しているリスクについてきちんと一般市民へ伝えるべきだ。
*6月8日の記事「近づく戦争・テロ社会、これらの動きを止めるべきでは?」から一連番号を付しています。<<330>>
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