茨城県土浦、中3に対する通り魔事件に関する疑問(*引用している報道記事は
その他、報道記事4点:男を逮捕;逃走8時間半、カーチェイス;“包丁は逃走途中で捨てた”;「死ねこらー」と中3刺す
http://www.asyura2.com/09/nihon29/msg/654.html
投稿者 taked4700 日時 2011 年 1 月 06 日 12:33:11: 9XFNe/BiX575U
にあります。)

1.逃走経路の疑問:

まず、事件現場であるジョイフル本田荒川沖店の位置を確認しよう。
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&q=%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%A4%E3%83%95%E3%83%AB%E6%9C%AC%E7%94%B0%E8%8D%92%E5%B7%9D%E6%B2%96%E5%BA97&lr=lang_ja&rlz=1I7ADFA_ja&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wl
現場は国道354や土浦バイパスのすぐ側に位置しているし、土浦市の市街地は結構都市化が進んでいて、逃げるのなら、土浦市街で車を乗り捨てるのが最も簡単だ。また、もし車で長距離を逃げるのなら、南部へ行き、千葉市や浦安を目指すのではないだろうか?容疑者はクラウンに乗っていて、かなり運転なれしていたようだから、そういった地理には詳しかったはずだと思う。しかし、実際は、「取手市など県南からさらに栃木県真岡市までホームセンターから半径約40キロの範囲を逃走」というのだから、事件現場の土浦から南へ20km程行った取手まで逃げて、そこからまた現場から4kmほどの牛久市内のコンビニまで戻ったということのようだ。千葉県との境の橋で警察が検問をしていたというから、野田市などから千葉へ行けなかったというのは分かるが、取手まで行けば、そこで車を乗捨てて電車などで逃走するのが普通だ。
 なお、1月6日午後1時のニュースでは凶器の包丁はまだ未発見だという。つまり、逃走直後からかなりの時間、容疑者は自由に車を走らせていたということだ。かなり広い範囲を自由に逃走でき、その間に凶器を捨てたから未だに発見されていないのだろう。しかし、それだけ自由に逃げれたのなら、なぜ、足がついている車を乗捨てなかったのか、疑問だ。


2.茨城県警はなぜ容疑者の車を特定しながら、8時間以上も捕まえられなかったのか?

 「時速100キロを超える猛スピードでパトカーなどの追跡を何度も振り切っており、県警がパトカーなど220台、警察官740人を動員する大捕物となった。捜査関係者や目撃者によると、堤容疑者は4日午後5時頃、土浦市北荒川沖町の『ジョイフル本田荒川沖店』駐車場で男子生徒を刺した後、シルバーの乗用車を急発進させて逃走を始めた。県警は乗用車の色とナンバーの一部などの目撃証言から乗用車を割り出し、すぐに追跡。一方で、堤容疑者がほかの場所で事件を繰り返すのを防ぐため、県内の各駅や大規模商業施設など、人が集まる場所に警察官を派遣して、警戒にあたった。 堤容疑者は土浦市内を抜けると、常総、古河、筑西、坂東などの各市を通過。幹線道路を時速百数十キロで走行したり、蛇行運転や信号無視、Uターンを繰り返したりして、県警の追跡を振り切ろうとしたという。 県警は茨城・千葉両県境の利根川にかかる橋で検問を行うなど、堤容疑者が遠方に逃走しないようにしたほか、堤容疑者の乗用車が燃料切れになることを見越し、逃走方面のガソリンスタンドに逮捕の協力を要請。堤容疑者が立ち寄ったガソリンスタンドの店員が機転を利かして、給油作業を遅らせるなどしたものの、堤容疑者は、給油代金を払わずに逃走するなどして、追跡をかわした。一時は現場から北に約48キロ離れた栃木県真岡市まで達したという。」
 8時間以上の逃走時間中、どの程度、パトカーや白バイによる追跡がされたのか、それが報道されていない。しかし、実際に容疑者の車を特定し、視覚に捉えて追跡を始めたにも関わらず、何度も振り切られたということだ。パトカーなど220台、警察官740人もかけて、なぜ8時間もの逃走を許してしまったのか。
 「5日午前1時半ごろ、牛久市内のコンビニエンスストア駐車場に停車していた車を発見。」とされているから、逮捕時には、少なくとも、カーチェイスの末に逮捕したものではないだろう。つまり、何度もパトカーや白バイが振り切られていたということだ。しかし、1月のそんなにまだ経済活動が始まっていない夜間、パトカーや白バイはかなり自由に追跡ができたはずで、これだけの長距離、長時間、逃走を警察が許してしまっているのは疑問だ。