「克也、こっちへおいで。一緒にブドウを食べよう。」ブドウの甘さ、祖母のか細い声、弱い弱い声だった。ただ、ほんの少しだったが確かに温かさがあった。そう、夏の日だった。裏庭の井戸の水で洗ったブドウをよく祖母は食べさせてくれた。無造作に種を吐き出して、飛ばせてみせると祖母はそれを喜んでくれたのだ。「首相、では自衛隊派遣はなしでいいですね。」千石官房長がこちらを見ていた。もちろんだと言うようにうなずいた。何も考えることはない。全てはシュミレーションのとおりだ。俺は鏡。ずっと鏡だったんだ。「克也、こっちへおいで。一緒にブドウを食べよう。」小学校に上がる前だった。安心してそばに居れた。俺は俺、誰のものでもない。誰かの期待に応える必要はない、誰かに見られていると思う必要がない、ほっとできる場所、それが祖母のところだった。疲れるといつも祖母の記憶がよみがえる。リリアンに会いたい、そう思った。「首相の現地視察はいつにしますか?今日は未だ現地が混乱していますから、明日か明後日ですが。」災害担当の秘書官が聞いてきた。「早いほうが良い。明日にできますか。」何も考えなくとも自動的にそうセリフが出てきた。

アトムの危機対応室で加藤はほっと一息ついた。物資の調達と人の手配はついた。M7を超えていたが、都市の直下型ではなかったから被害はそれほどでもない様子だった。心配されていた津波もたいしたことがないと言う報告が来ていた。地盤の横ずれが原因の地震のようだ。正断層も逆断層も地盤の縦方向の跳ね上がりが起こるが横ずれなら縦方向の変異が少ない。兵庫県南部地震と同じのはずだ。1995年、阪神大震災と呼ばれる地震被害を出した地震だった。横ずれ断層には2種類ある。トランスフォーム型とそうでないものだ。積丹半島の近くにはプレート境界がある。プレート同士が横ずれするものがトランスフォーム型だ。今日の地震は7.2で兵庫県南部地震よりも0.1小さかった。もしトランスフォーム型が起こっていれば被害はどうしようもないほどになる。そうなれば泊原発にも被害が出るかもしれない。危機対応室の室長として、加藤は日本の最大リスクは原発だとよく理解していた。そうだ、大輔に電話してみよう。姉の息子の大輔が札幌近郊に住んでいた。被害の状況はよく分かっているつもりだったが、一般市民の目から見た実感も知りたかった。

「もしもし、アトムの加藤ですが。」そう言うと、聞きなれた声が返ってきた。「ああ、おじさん。大丈夫ですか。大変でしょう、地震対策が。札幌は多少揺れたけど特に被害はないです。もうアトムで災害救援のバーゲンをやると言うコマーシャルが出ていますよ。」「そうかい。みんなもうプログラムが出来ているからね。今回はプログラムCだから、一週間から一〇日はバーゲンをやる予定だ。被災地ボランティアも50人は行くはずだが、何か気が付いたことはないかい。」「建物被害も100戸行かなかったようだし、まあ、ホッカイロかな。さすがに北海道は寒いですからね。ああ、そうだ、さっき、ミキが帰ってきて、高齢者用のKeepHeatがあればいいなと言ってましたよ。デザインや色があまりに素晴らしすぎておじいちゃんやおばあちゃんが気おくれしているみたいだって。」「そうか。それは確かにこちらでも課題になっているんだ。ただムーンロードは若者向けファッションだからね。」そう言いながら加藤は自分でも疑問だった。既に日本の平均年齢は50歳を超えていた。5年前と4年前にかなりな新型インフルエンザの流行があり高齢者が10万人単位で亡くなった。あれがなければ日本の平均年齢は55歳を超えていただろう。