「ミキ、大丈夫かい。」大輔は椅子に座りこんでいる妻に声をかけた。札幌でも震度3の揺れがあった。ただ、大輔たちのアパートはいつも揺れが大きく、食器棚の皿などもかなり音を立てて揺れたのだ。「びっくりした。でも、今度も原発に直撃しなくてよかったね。あの反原発運動の人が言っていたけど、耐震設計はあてにならないのでしょう。特に、衝撃波が来たら原子炉そのものが壊れると。」「どうかな、一応政府は安全だと繰り返している。だいたい日本中で50基以上原発があるのだから危険だったら作らないと思うよ。」「そうね。」「それより、赤ちゃん、大丈夫?びっくりしただけでも影響があると言われたし。」「大丈夫、大丈夫、任せて。もう400万円以上も使っているし、これ以上かけてだめなら私たちの家は断絶だわ。」「おいおい、冗談はやめてくれよ。何とか後釜を作らないと、俺なんて会社で未だに一番若いんだぜ。」「未だにお茶くみやってるんでしょう。下っ端だから。入社15年の下っ端。」からかい半分にそう言いながら、内心、ミキは不安だった。中学や高校の友人たちも皆不妊に悩んでいた。職場の同僚もそうだった。大学時代に同じゼミだったものが10人ほどいたが半数が未婚で、残りの半数も一人しか子供のいるメンバーはいなかった。急激に少子化が進んでいた。出生率は既に1を割り込んでいて誰もかれもが不妊治療を受けようとしていた。ミキも30歳になった5年前から不妊治療を受けていた。5歳未満の子供がいる家庭には月に5万円の幼児手当が支給されているが、そもそも妊娠しないのだ。「KeepHeatを買っておいでよ。アトムでまた災害支援バーゲンをやるはずだから。」「そうね。暖かくしておくともっといいかもね。未来の息子又は娘のためにKeepHeatを。」

今日は久しぶりに幹也に会う。幹也、馬鹿な奴だった。高1でぐれ始め、高3の時には女に手を出すようになったのだ。最初のころはなんとか内密に納めることが出来た。しかし、8年前の事件はだめだった。遊び仲間の夫婦の小学生の娘をレイプしてしかも殺してしまった。BBに頼むしかなかった。警察はうまく近所の知的障害者を犯人に仕立て上げてくれた。手慣れたものだ。もうかなり同じようなことをやっているんだろう。世界中で同じことをやっているはずだ。BB, BigBrotherのやることに抜かりはない。自分のように首相になったり大統領になったりして、家族が薬漬けになっている例は自分が知っているだけで6例以上あった。日本の政治家で4人、アメリカで1人、イギリスで1人だった。そのうち一人は交通事故で死に、もう一人は自殺をしていた。しかし本当に死んだのか?それは分からない、分からないのだ。幹也の場合もBBから話があった。交通事故で死んだことにして、フランスかロシアあたりで人生のやり直しをやれると言うことだった。死体は幾らでも手に入る。ただ、妻のことを思うとそれも出来なかった。心底自分を信じてくれている妻をこれ以上悲しませるのはなるべく避けたかった。

「リリアン、今夜は幹也に会いに行ける。10時過ぎには着くから。」「はい、お待ちしています。10時過ぎですね。」受話器越しに短い確認の言葉が返ってくる。リリアンは韓国系アメリカ人だった。7年前から幹也の御守り役として24時間身近についてくれているのだ。幹也は一見正常人だが、既に薬漬けで、自分の意志はなくなっていた。表向きは美術商で、リリアンが秘書をやっていることになっていた。本当はリリアンと会えることが楽しみなのかもしれなかった。半年以上会っていない。妻とも会話が無くなって既に2年がたっていた。安心して酒が飲めるただ一人の相手がリリアンだった。今日はぐっすり眠れるかもしれない。

そう思ったとたんにドアがノックされた。「首相、地震です。M7.2、場所は北海道積丹半島近海です。泊原発は無事自動停止しました。」一瞬ビクッとした。今度こそ原発が直撃されたのかと思ったのだ。「全閣僚に連絡を入れています。10分後に官邸で危機対応会議。1時間後には全閣僚集合の予定です。」「分かった。予定通りやってくれ。」ああ、またリリアンに会えない。専用の携帯電話を開き、リリアンに連絡をした。