「やっと終わった。うまく行ったぞ。」つい、そう口に出ていた。首相になって2年、やっと2016年度の予算を組み終わったのだ。市民の生活が第一というスローガンの下、市民党が政権を取ってから既に7年がたっていた。最初の数年間はアメリカの圧力がひどくて、ほとんどまともな政策は取れなかった。しかし、やっと、原発から地熱発電へのエネルギー転換が進みだしたのだ。原発は危険、東海地震が起こる、耐震設計が出来ていない、高レベル廃棄物の処理がだめ、、、、結局大丈夫だったじゃないか。原発はあと10年でほとんどすべてが運転を停止する。運転を停止しても核燃料がある限り危険だと言うが、運転しているよりも安全だ。ともかく兄さんに電話をしよう。
「やあ、兄さん。安心していいよ。これから地方経済もまわり出すからアトムの売れ行きも回復するよ。」
「本当か?もう一年早くそう言ってくれていれば、5店舗は閉めなくて済んだぞ。」
「そう言いなさんなって。これでもアメさんとの交渉は大変だったんだ。ともかくこれからの有望地域は九州と東北、北海道だ。」
「ああ、富士山電気もそう言っていた。これから店舗併設の小型地熱発電施設を作ってもらう予定だ。」
「政府の補助金は出せないけど、銀行は喜んで融資するはずだからうまく行くよ。じゃあまた。これから遅い昼飯だから。」
アトムは総合スーパーとして日本の小売業に君臨していた。ただ、あまりに急激に業績を伸ばしてきたのでこの10年ほどの不景気に経営の内実はかなり厳しかったのだ。中国や南アジアへ進出するはずがあまりうまく行かなった。以前アトムの社員だった花井がやっているカジュアルウェア専門店ムーンロードのほうがよっぽどうまくやっていた。KeepHeatとSkyGranceという下着がヒットして、日本国内はもとより中国、インドにも大規模に進出、世界第2位のカジュアルウェア売り上げを誇っていた。だから数年前から両ブランドのアトム内での取り扱いも始めていた。Keepheatは保温性に優れた下着、SkyGranceは体臭を消し汗をかくとかえってそれが芳香に変化すると言う下着だった。
「なんであいつだけなんだ。幾ら儲けたんだろう。」そう言いながら机の上のインターホンを押して秘書官を呼び出した。「今日は疲れた。午後の自治労との会合は官房長と幹事長でやってほしい。自治労の上川委員長には自分から電話で言っておくから。」財政は火の車だった。それでも公務員給与はまだ優遇されていた。来年度はいよいよ本格的な切り下げに入る予定だった。しかし、地熱発電の大幅導入で切り下げの必要がなくなるかも知れないのだ。
「もしもし、上川さん?岡川です。」「はい、首相、今日は大変でしたね。」「ええ、やっと通過しましたよ。ところで、申し訳ないが今日は自分は欠席させてもらえませんか。どうも疲れてしまってね。」「それはそれは。了解しました。給与切り下げの件は官房長から話を頂けるのですね。」「そうそう。千石官房長からいい話がありますよ。」
「千石さん、そんなにうまく行くのですか?」「言ってみれば今までは無駄金を使っていたのが、これからは生き金を使うことになるのです。安心していいですよ、上川委員長。今まではたとえば植物園を作っても人があまり来なかった。入場料収入で経費を賄えなかったのです。いくら立派な施設を作っても赤字経営で結局事業を中止するしかなかった。しかし、今度の地熱は違うのです。地熱自身が富を生み出すのです。市民生活が第一。市民の基本的欲求に最も合致するのが地熱です。24時間いつでもゆっくり温泉に入れる。付帯施設で養殖した魚の刺身も安く食べれるし、マンゴーだって周年で実りますよ。」「そりゃいいですね。でも財政は違うでしょう。」「いいえ、いいんですよ、これが。今までは自然に逆らって経済を回してきた。北風が吹きつけ雪が積もるところに家を建て、石油を掘ってそれで暖房をしてきた。人間が若いうちはそれだけのエネルギーもあった。人間自身にエネルギーがあったんです。ところが高齢化してきてそのエネルギーがなくなってきた。そのため、最近は国が公費で石油を掘って暖房をしているのです。これで財政が持つはずがない。だから、今度は各家庭で温泉を掘り、そのお湯で暖房しようと言うこと。」「原発は無駄でしたね。」「それを言ったらいかんよ。ただ、これで新規の原発関連費用はなくなるから、財政負担はかなり軽くなる。年に1兆円以上最近でもかかっていたのが無くなるのだから。」「けれど地震が起きなくてよかったです。みんな原発を直撃しなかった。」「そうだよな。市民党政権になってM7越えの地震が4回起こっているが、どれも原発から離れた場所だった。日本は本当にやばい時は神風が吹くからね。神様が付いているんだよ。」