2010祈り15 2010年3月14日(日)
一日中家にいた。昼前に姉のことどもが来訪。彼が帰る時に近所を散歩しながら1時間近く政治状況などについて話をした。近所の人とすれ違うと、非常に僕に対して「嫌悪感」のようなものを感じているのではないかと感じる。
それだけ、僕に対して意図的な中傷が流されているのだろう。しかし、僕がやっているのは、多分、日本に住んでいる人たちのうちの99.999%以上の人にとっていいことであるはずだ。一部の年間何億円も不当な収入を得ている連中のために税率が低く抑えられ、その分を、銀行や生保が市民の貯金などを使って国債や地方債を使って買い支えている。今では、一人当たり国が正式に認めている分だけでも1000万円近くの公的な借金が積みあがってしまっている。一般市民は、数十万円から数百万円の税金をまけてもらう代わりに、年間数億円から数十億円の不当な収入がある連中の税金を数億円から数十億円という規模で払わないでいいと認めてしまっているのだ。
そして、しかも、日本は金持ち国だというレッテルをはってもらっておだてられ、本来日本に責任のない数千億円から数兆円という負担を毎年させられている。
更に、組織的な入試不正のおかげで、東大の薬学部の2年生が5*4-6÷3=( )というような算数の問題ができないという事態が生じている。東京六大学の各30名の学生にやってもらったら10%以上の学生ができなかったというのだ。
僕自身も、実際に経験がある。She (is, do, have) (cooking, cooked, cooks) dinner now. というような問題を毎回10題出題し、主語+be動詞+ing形 という形を覚えさせようとしても、まったくできない。どの生徒もごく普通に学習能力がある、または、多分、結構賢いほうに入るはずなのに、同じような問題を4回、5回と繰り返してもできていかない。
更に、これは自分の勤めていた学校の情報科であった話だが、以前は情報処理技術者2種という試験に毎年数名が受かるという実績があった。2種試験は今では廃止されていて、別の試験になっているが、プログラミングの基礎としては必須の知識を問うているものだった。ところが、平成の10年代に入ると、初級システムアドミニストレータが受かったのですごいのだという発言を情報科の教員がしだしたのだ。こちらは、プログラミングの知識はほとんど必要なく、パソコンの操作を理解しているかどうかという試験だ。明らかに教育程度が落ちているのに、「これで成果が上がっている」という言い方だった。日本の社会を支えている技術とか気概そのものが大規模に失われつつある。こんな状態では、東大とか早稲田の政経を出たという学歴そのものが陳腐化するのは時間の問題、というか、既にかなり陳腐化しているようだ。
多分、かなりの裏金を使って学歴を買ったはずだが、そのゴールであるはずの公務員や高級官僚は、既に安定した職場ではなくなりつつある。本来、学生はきちんと勉強するべきものなのだ。そうやって自分自身を鍛えることで、社会にちゃんと向き合う姿勢や物事を全体的に理解する能力が身につくのだから。入試不正で学歴を、または、そのゴールとしての職業を買うやり方は、却って、その人が持っている本来の能力を鍛えず、発揮させないという大きなマイナス効果にしかならない。