▼なんと!昨日までの3日間のアクセス数、まさしく激減!!

 780→680→280・・・・・・みんなあ、勉強しようヨ。読書もいいよ。

 若者は、今の内に脳細胞を使っておかないと、ン十年後にまずいことになるよ。

 

 【国語の学習ネタ】3月5日(木)

TAKETAKE(先生)です。

 6日目になりました。

パソコンの時代ってすごいなあと思います。

このページへのアクセス数が、確実に減ってきているのと、

その時間帯の分布が「寝坊時間帯」に移ってきていることで、

みんなの起きる時間帯が少々寝坊気味だとわかります。

図星(ずぼし)の人は、「天知る、地知る」のページを読んでね。

 

TAKETAKEは、落語を我慢したことをここに書きました。

それは、落語を聴きに行けなかったストレスを発散させたわけです。

皆さん、心の体調は大丈夫ですか?ストレス発散してよ。なわとび!!一人キャッチボール。

ここのコメント欄で「〇〇さんから遊びに来てッて言われたけど我慢したよ。」とか、名前が特定できないように、

書いて、ストレス発散してくれていいよ。友情にひびが入らない程度にね。

 

それでは、

そんな友情の話が出てきたところで、それにふさわしい故事を紹介しましょう!!

もちろん「管鮑の交わり」(かんぽうのまじわり)です。いい話ですよ。

春休みでふやけた頭が、キリッとして、よしがんばろう!!と思える話です。

そう思えるのが若者です!!!!!

 

【故事】

昔々、中国での話です。

管(かん)さんは、幼い時から大変有能で天才と言われていました。

その幼馴染(おさななじみ)で親友の鮑(ほう)さんは、菅さんの才能を高く認めていました。

その二人が国王の二人の息子それぞれに家来としておつかえしました。

よりによって、その兄弟が国王の死後に跡継ぎをめぐって、戦(いくさ)になってしまいました。

弟が戦に勝ち、兄におつかえしていた管さんも含めて全部まとめて死刑になりそうでした。

鮑さんは、自分の主人(戦に勝った弟)に対して、「管は、自分の才能の何倍もあります。命を助けて、国の運営をさせるべきです。私は、その家来になります。」と申し出て、実際にそうしてもらって、国を豊かにして大国の仲間入りをしました。

 

ずっと後になって、管さんはしみじみと語りました。 (TAKETAKE注‐対句の連続

 

鮑さんと商売をした時、私はもうけた金を鮑さんよりたくさんとったが、

私に対して「よくばり」と言わなかった。彼は、私が貧乏だと知っていたからだ。

鮑さんに有名になってもらおうとして、彼をかえってピンチにしてしまったことがあったが、

私に対して、「愚か者」と言わなかった。彼は、人生いろいろだと知っていたからだ。

私は、何度もいろいろな国王につかえては、クビになったが、

私に対して、「無能」と言わなかった。彼は、タイミングが悪いだけだと知っていたからだ。

私は、戦(いくさ)のたびに、逃げ帰ってきたが、

私に対して、「弱虫」と言わなかった。私に年老いた母がいるのを知っていたからだ。

私は、死刑直前に助けられ、おめおめと生き恥をさらしていたが、

私に対して、「恥知らず」と言わなかった。彼は、能力発揮こそが大切だと知っていたからだ。

 

私を生んでくれたのは、父母であるが、私を理解してくれたのは、鮑さんだ、

と言ったという話。

 

【故事成語(故事からできた言葉)】

「管鮑の交わり」(かんぽうのまじわり)

 ※「管仲」=かん・ちゅう  「鮑淑牙」=ほう・しゅくが  2500年ほど前の中国の人

 

【意味】

お互いに認め合った無二の親友の関係

 

【用例】

息子「彼は幼馴染で親友で、とってもよく分かってくれるんだ。」

父「『管鮑の交わり』のようになっていてすばらしいね。

 

問題① 故事を短くしましょう。

      (要約しましょう。)

     200字くらいのパターンと  

      60字くらいのパターンと

        20字くらいのパターンの3種類。

 

問題② いい話でしょう?

      感想を200字程度の2段落で

      まとめてみましましょう。

 

 

6日目ですね。偉いね。

これをやる人は、いい人だね。

 

このサイトに来て、勉強しようという中学生の皆さんが幸せになりますように!!

のんびり、ゆっくり、確実に成長したいね。

あなたたちは、「素質の塊(かたまり)」ですから。

 

 

 

 

 

蛇足⑦(これだけを読むのは、禁止ね。笑)

 

その吹奏楽部は、県代表の常連だったのである。

しかも、全国大会出場までいつもあと一息という吹奏楽部だったのだ。

金賞には代表権のあるものとないものがある。

その代表権のない方の常連が健君の吹奏楽部だった。

 

とにかく、強豪校であることはまちがいない。

そんな吹奏楽部に元運動部の楽譜も読めない

ドシロートが入部してきたというわけだ。