絶望の淵に落ちてから数日が経ち、心療内科を受診する流れとなった。
あの日から私は生きる気力が全くゼロ以下になってしまった感じになった為、
妻が会社の担当者と話しをつけてくれたみたいでいったんは退職ではなく、『休職』にて対応をするとの話がついたようだ。
※妻よ本当にありがとう。
しかし情けない。。。こんな状態になってわかったが、本当に心身ともに何もすることができなかった。
ここで当時の私の症状を思い出してみる。
◇具体的な症状
- 身体に鉛が乗っかったような感じで身体を起こすことができない。
- 一日数回のトイレ以外布団から出ることができない。
- 水分はポカリストロー刺しにて補給
- 目が冴えていて常に覚醒モード
- 左半身が1分おきに痙攣するため、眠りにつこうと思ってもその痙攣によって起こされてしまう。結果眠れない。
- 腹は減っているが食欲は全くないという謎現象。
- 自傷行為をしてしまう。自分の顔や腹を殴り続ける。壁を殴る、床を蹴る。大声を出す。
- 動悸が激しく、常に落ち着かない。夜はアカシジアの症状がMAX。
といったような症状がフルマックスで約1週間ほど続いていたと思う。
話は戻って、『休職』をするにあたっては専門機関からの診断書が必要との事で、
妻の伝手もあってか自宅近くの心療内科の予約を取ってくれた。
運命の初診日、妻も付き添ってくれたが私の緊張の鼓動はバクバクだった。
フロントで受付を済ませ、問診票を渡され、現状の症状について詳しく記入していく。
通常の病院の問診票の内容とはやはり一味違う。
今の自分に聞いてほしいうれしくもかなしくも切ない設問のオンパレードだ。
たんたんと今の気持ちを元に正直に回答していく。
いざ自分の番号が呼ばれて部屋に入り、初めて会う先生から
『今日はどうされましたか?自分のペースでいいのでゆっくり教えてください。』
そう言われ、なにから話せばよいかわからなくなってしまったが、
家族の顔が頭をよぎり、家族構成を説明し始めてしまった。
家族との思いでの場所、楽しい思い出をベラベラとしゃべりはじめたとき、涙が流れてきた。
それを見た先生は黙って頷いて話を聞いてくれている。
ある程度家族の話が一段落ついたら、会社の話もできるようになった。
ある程度の今の状況になってしまった経緯を話し終え、先生からかえさせた言葉は・・・
『しばらく休養が必要ですね。診断書を書くので休職して療養していきましょう。大丈夫です。療養すればきっと治りますよ。』
初診が終わって、待合室で呆然としている自分に妻は手を握ってくれている。
診断書のその内容は『適応障害』、私の休職生活が始まった。
次回は休職中のお金事情を思い起こしていきます。
