50代の日記を最近読み返して 今の心境と比べてみたら
60代に入った時に変わったこと、それは時間をより大切に思うようになったこと、
人の寿命は伸びているとはいえ 自分の寿命はいつになるかわからない まして寿命があったとしても
健康で動ける時間もきっと限られてると思う。そういう風に未来をシュミレートすると
健康で動ける時間って ほんと 後、わずかしかないことに気づいてしまう。
ただ、自分が好きな事をしてとか やりたいことをして生きるとかいうキャッチが多くあるが
自分のやりたいこと、したいことってやってしまえば なんてことなくて
自分の場合は、子供達が一番幸せに生きて欲しい これに尽きるという結論に達した。この家族の幸せ、どんな形でもよい
それぞれが健康で機嫌よく過ごしていれば問題なし!まずそれが一番でそれがないと自分だけが楽しいわけがない
子供がもし病気とか事故したとか、思い悩んだ毎日を生きてる顔をみて、親は幸せなわけがない。
そのことが60代になると更に加速して、あとどれだけその笑顔を見れるかわからないけど、残った物の為に
終活というキーワードが浮上してでてきた。
結局 死を迎える前にしかわからない気持ちってあるかもしれないけど この60代に感じた気持ちを素直に受け止め活動したい
と思うこの頃である。 家の中を見渡すと このまま死ねないと思う不用品とゴミの山 まずは自分の終活は断捨離である、
この断捨離を放置して外に遊びに行っててもきっと先々で苦しむおもう、ゆえに 断捨離をして自分に許しを請いながら
エンディングに向き合ってるという充実感と許しを得ながら活動するのが 60代になって変わった気持ちだと思った。
この変化した心を いつか先々でどういった時代にどういった心境になっていたかを思い出す為、
今の心境を書き留めておこう
人生は短いと思う 死ぬ前にはきっととてつもない後悔を少しでも少なくしていく為に 今の時間があるのではないのだろうか
自分の本当はいつの時代にも変化する ただ その変化を羅針盤にしていれば今やるべき本当の事がわかる様に思う。
60代又70代はそんな終活に対する気もちが浮上してくる年齢であるのかもしれない。この感覚を裏切るとえらい苦しみに入りそう
だからこそ、生きてる間に、面倒でもやらねばいけない事もある。いつか消える記憶と想いの為にも