最近は、
「人生が変わるホ・オポノポノ」
「私は何のために生きているのか?」
「セスは語る~魂は永遠であるということ~」
「神の使者」
「ソクラテスの弁明」
「聖書」
を読んで。
分厚い本は、変わりばんこで、休憩しながら。
がっつり、スピリチュアルの視点を取り入れています。
まだ、用語に慣れないところはありますが。
ジョー・ビタリー博士は、
「人生が変わるホ・オポノポノ」
の本の後半で。
「成長して、洞察力を身に付けていくにつれて、私のこれまでの著書の内容がすべて間違っていて、人々をミスリードしてしまったのではないかと不安になったのだ。」
と書かれています。
「私は「以前の博士の著書」で意志の力を賞揚した。この本を書いたいま、私は意志とは愚か者の所業であって自我の玩具だと知り、力の真の源泉は霊感だと認めている。さらに、人生と仲良く付き合うことこそ、幸福への大いなる秘訣であり、人生をコントロールすることではないとも理解するに至った。かつての私を含めた多くの人々が、世界を我が手で操作することを夢み、肯定している。そんな考え方はもはや無用だ。流れに身を任せながら、何が起ころうとも絶えず清めていればいいのである。」
「人生が変わるホ・オポノポノ」より
こういう考えに至ったおり、
ヒューレン博士に、今まで書いてきた著書をリコールすべきか、という相談をしています。
ヒューレン博士曰く、
「君の本は踏み台みたいなものだ。」
「人は生きていくうえで、さまざまな段階を踏む。君の本はそのどれかの段階にいる人々に語りかける。その本を読んで成長した彼らには、次の本を読む心構えができる。君の本をリコールする必要なんてさらさらない。すべて完璧だよ。」
ジョー・ビタリー博士は、エピローグで、
人が覚醒3至るつの段階(ステージ)について書いています。
ステージ1:あなたは犠牲者である
→自分は無力で、犠牲者である
ステージ2:あなたはコントロールされている
→自らの力に目覚め、意志をセットするパワーを自覚する。
人生は悪くないものだと考え始める。
ステージ3:あなたは覚醒する
→ステージ2のある時点から、自分の意志には限界があることを自覚し始める。
すべてをコントールすることは不可能だと悟り始める。
奇蹟とは、より大きな力に跪いてこそ起こりやすいものだと気づき始める。
あなたはそれに委ね始め、そして信じる。
一瞬一瞬に神とのつながりを知覚する訓練を始める。
巡ってくる霊感を率先して受け容れ、それに従って行動する。
選択の自由は人生をコントロールすることはできないと知る。
自分にできる最高のことは、各々の瞬間に折り合いをつけることだと気づく。
このステージに入って、奇蹟は起き、その都度あなたを絶えず驚かせる。
こうして、あなたは驚きを不思議と感謝の絶え間ない状態の中で生きる。
僕自身も、
ステージ2と、ステージ3の矛盾がよく分からなかったです。
「引き寄せの法則」を語る人、書いてる本の中にも、この矛盾があります。
メンターと呼ばれる人の語る言葉の中にも矛盾があります。
さらに1人のメンターが語る言葉にさえ、この2つの矛盾がある。
意味が分からなかった。
最近、少しずつ理解が出来てきたように思います。
ステージ1の犠牲者から、ステージ3の人生はコントロールできない
に行くことよりも、ステージ2の自分の力に目覚めるの段階を経たほうが自然な感じがします。
犠牲者視点での、「人生はコントロールできない」
と、自分の意志の力に目覚めた先にある「人生はコントロールできない」
は全然違いますから。
自分には、自分の人生の舵を取れる選択の自由、自由意志がある。
そのうえで、人生には逆らえない大きな流れがある。
3次元の自分よりも大きな力を持つ、本来の自分が望む力がある。
そのより大きな流れに乗ること。
それは、自分で速く漕ぐチカラをつけようとすることではなく。
自分で舵取りをするチカラをつけようとすることではなく。
抵抗しない。
ってことなんだと思います。
抵抗を手放す。
ってこと。
東 志醒(あずま しせい)
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