私が初めて海洋深層水を知ったのは、仕事で化粧品メーカーに携わったときだった。化粧水原料に使う水を、そのメーカーでは海洋深層水を使用していたからだ。調べてみると海洋深層水はミネラルが豊富で、化粧水や食料品などに多くのメーカーから重宝されていることがわかった。しかし、日本で取水できるのは14箇所しかない。どれほど素晴らしいものなのかを、かつて取材した北海道羅臼町の『知床らうす深層水』の記事をここに再録し紹介する。
知床らうす海洋深層水
世界自然遺産の海から生まれる神秘的な成分
~ 羅臼町の現場を直撃 ~
<海洋深層水とは>
海洋深層水とは「太陽の光が届かず、また表層の海水と混ざらない深さにある海水」を言います。一般的には200m以深の海水を海洋深層水と呼んでいます。グリーンランド周辺で表層が外気などにより冷やされ、垂直に沈み込む海流が一度も大気に触れることなくインド洋や北太平洋を巡り、表層域へ湧昇するもので、この海流を一周するのに2000年の歳月がかかると言われています。深層水ならばどこでも良いというわけではなく、深層の水が表層に向かって湧き上がる「湧昇海域」が良いとされ、羅臼町の海にこの海洋深層水の湧昇があることが分かったのです。(羅臼町ホームページより一部抜粋)
<世界自然遺産にある海洋深層水>
日本近海で有名なところといえば高知県の室戸や沖縄県の久米島などが挙げられますが、世界自然遺産の地にあるのは知床の羅臼だけ。そこで、深層水の管理をしている羅臼町役場を訪問し取水・給水施設の見学をさせてもらい話を聞いてきました。
北海道の東端。原始の森に覆われた知床半島。2005年に世界自然遺産に登録されてからますます重要な地域として注目を浴びている所です。その知床半島の根室海峡側に羅臼町は位置しています。北方領土の国後島までわずか25キロ。霧がかかっていなければ国後の島影をはっきりと臨むことができます。そして、羅臼の海洋深層水は、この羅臼漁港から約3キロの沖合、水深350メートル地点から汲み上げられているのです。
1日の取水能力は最大4560トンで、主な用途は「漁獲物の衛生管理と鮮度保持」「漁獲物の蓄養」「水産外分野」に使われています。「水産外分野」とは、飲料水・塩・食品・化粧品等を指します。
取水イメージ図
<取水施設内部を見学>
取水施設は羅臼漁港の中に衛生管理施設の一部として整備されています。実際に中へ入ってみたところ、海から繋がる大きな配管と海水を汲み上げるためのポンプがあるだけの無機質な空間です。しかし、この配管の中に他とは違うミネラル豊富な海水が流れているのかと思うとなんだか魅力的な筒に見えてくるから不思議です。
取水施設
取水ポンプは全部で3本あるのですが、実際に稼働させているのは1本だけ。同時に動かせるのは2本までという設定にされています。このポンプにはストレーナーと呼ばれるステンレス製の網状の濾し器が備え付けられていて、これで魚やプランクトンをブロックします。もし吸い込んでしまった場合はポンプが壊れてしまうからです。ポンプはとても重要な部分。そのためこのようなトラブルを用心して3台用意してあり、1台はもしもの時のために使わないでいるのです。このような配慮により日々安定した取水が行えるというわけです。
こうしていったん取水した海水は二つある90トンの貯水槽に貯められ、そこから羅臼漁港全体に行き渡るように送り出されます。そのうちのひとつが給水施設というところに送られ、水産外で利用する人はそこから給水していくのです。
この給水施設を見学していると、次から次と個人経営者の方が車で給水に来ていました。話を聞くと、鮮魚に携わるほとんどの人が氷として使うとのこと。羅臼の場合、魚の鮮度を保つのに深層水の氷を使うのが基本なので、ほぼ毎日給水に来ているとのことでした。
給水施設
給水施設の中も取水施設同様に配管とポンプがあるだけの一見シンプルな構造です。しかし、水産以外で使う水のため、ここではより目の細かいフィルターを通して綺麗な水にしていくことに重点を置いています。さらに紫外線殺菌も行います。深層水というのは元々衛生的ではあるのですが、水産以外で使う場合は殺菌することが法的に義務付けられているためです。
取材依頼を受けたメーカーで使われる水は、給水施設のフィルターだけでなく、さらに細かいフィルターを通して徹底的に綺麗な水に仕上げていきます。そして、凍結脱塩法という特殊な方法を用いて、一番大事なミネラル成分を壊さずに塩分だけを抜き、最終的に化粧水に使われているのです。
この漁港の内部の奥に取水設備がある
<羅臼ならではの特性>
さて、海洋深層水には他の水とは違う特性があるのですが、思わぬところで羅臼ならではの特性を垣間見ることができました。
まず、低温性と清浄性です。漁港には獲れたばかりの鮭が深層水に浸けてあるのですが、手を入れてみるとその冷たさは相当のものでした。その冷たさが魚の鮮度を保持するには最適とのこと。さらにそこへ、深層水の氷を入れると冷たさがかなり長続きします。さすが日本最北端の冷水海域で取水された水です。
この冷たさも重要なのですが、漁港関係者が最も重視しているのは深層水が衛生的な水であるということでした。魚は鮮度が命なので、衛生管理の上でとても役に立っているそうです。ひょっとしたら北海道で同時期に獲れる鮭の中では羅臼産が最も鮮度がいいのかもしれませんね。
もうひとつ、最初に漁港を訪れた時、岸壁には多くのカモメやカラスがいたのですが、どれも東京湾で見るものより大きかったような気がしました。最初は気のせいだと思っていました。ところが、地元の人の話を聞くと実際に一回り大きいそうなのです。しかも、北海道の他の地域と比べても明らかに大きいとのこと。肉付きもかなり良いそうです。これは深層水で育った魚がかなりの栄養分を含んでいるため、それを食べた鳥たちにも栄養が行き渡ったのだろうとのことでした。もちろん実証できるような証明はありませんが、肥えたカモメやカラスを見ているとあながちウソではないなと実感させられた次第です。
↑ まるまるとした美味しそうなカモメ
↑ 小樽運河のカモメはスリム
いかがでしたでしょうか? あまり知られていない「知床らうす海洋深層水」の現場の話。深層水自体については公開されている各種資料で分かりますが、現場のことは公になっていません。実際、役場に見学の申し込みに来る人はほとんどいないそうです。しかし、メーカーにとって「知床らうす深層水」は大事な主成分の一つ。取水や給水の工程を知ることは決して無駄ではないはずです。