約10年前、一人の歯科医と知り合った。大学病院で学生にも講義をしている講師でもある。その先生が歯科業界の知られざる実態を書きたいというので、協力して一緒にやろうということになったのだ。
暴露本というと聞こえが悪いが、先生は現在の歯科業界を憂い、患者の為を思って本を出したいと思っていた。しかし、途中で企画は中止になった。先生の動きを知った大学側から、ストップがかかったのだ。「このままだと君は業界から干されるよ」と…。仲間の先生たちも「将来の為にもやめておけ」と反対してきた。仕方なく、先生も私も残念ながらこの企画を諦めた。
それから10年、本屋や図書館で似たような本がないかと調べてみたところ、けっこう見つかった。覚悟を持って出してる人がいるのだ。特に歯科医師会から除名された歯科医の本などは衝撃的だった。その内容は、先生から聞いた話と同じで、十数年経っても変わらぬ歯科業界の体質にぞっとさせられた。知らぬは患者ばかりなり。
患者が来ない歯科医院と、評判が良く人気のある歯科医院…どちらを選ぶ? 患者が来ないのはやぶ医者だからか?…確かにそれも否定できない。
では、順番待ちが長い歯科医院は、腕がいいから患者が多く来る?…それはどうだろうか。確かに腕のいい歯科医もいるかもしれないが、あえてノーと答えたい。
こんな例がある。友人が、歯茎に大きな膿ができたので、地元でも評判の歯科医院に行って治療を受けていた。しかし、歯茎の膿というのは慎重にやらないと大変なことになるくらい難しい治療なのである。じっくり時間をかけて対処する必要があるのだ。
だが、評判がいい歯科医院というのは、多くの患者が来るので、それをさばく為にも一人当たりの治療時間を短くしなければならない。だから、じっくりなんてやっていられないのだ。
結局、友人の治療は中途半端なまま施されてしまい、膿袋が神経の近くにまで達してしまったのである。症状がここまで進んでしまうとリスクが高くなるので、開業医では治療に責任を持てなくなる。そのため歯科医は治療を放棄した。そして、大学病院を紹介することになる。
友人は、手術の為に大学病院への入院を余儀なくされ、全身麻酔をして手術に臨んだ。それほど歯茎の膿の治療は大変なのである。にもかかわらず、評判がいいと言われたその歯科医院は、しっかりとした治療をしてくれなかったのである。いや、正確には治療時間をかけられなかったというべきか。
友人は「評判がいいなんて嘘じゃないか! 腕なんて良くないじゃないか!」と怒っていた。確かにそうなのだ。『評判がいい=腕がいい』ではないのだ。それは患者が勝手に思い込んでいるだけなのである。
保険診療の歯科医院は経営が難しい。1日当たり何人以上という患者数を回さなければやっていけない。そんなギリギリのラインで経営をしている開業医が如何に多いことか。そりゃあ一人にじっくり時間をかけてなんていられない。患者を治してあげたいという歯科医の使命は持っている。しかし、まずは経営が成り立つようにしなければならない。そんな相反する現実が歯科医院にはあるのだ。
多くのチェアがあり、美人の歯科衛生士や歯科助手がいて、治療時間が短く、通院回数が重なり、患者が多くいる歯科医院…私だったら避ける。あと、やたら抜きたがる歯科医も遠慮したい。本当に腕のいい歯科医は歯を残すんだと。
自分の通っている歯科医院に少しでも疑問を持ったら、変えることをお勧めする。
歯科の保険診療には限界があるという。だから、最近は自由診療に切り替える歯科医が多い。一般の人は“金儲けのために自由診療をしている”と勘違いしている人が多い。しかし、本当は“歯科医としてしっかり治療をしたい”というプロフェッショナルが多いのである。