先日、自然観察会に参加しました。
とある駅に集合し、近隣に生息するツバメの繁殖の様子を観察する会でした。
小学生の親子連れ、夫婦や高齢の方までおられて思いのほか参加者は多く、少し汗ばむ陽気のなかに期待感が漂いました。
最初の観察ポイントは、駅構内にあるスーパーマーケットの出入り口。
ここは屋根があって、格子状の柵が出入り口にはありました。その隙間にはツバメはなんなく通れるが、カラスなどの外敵は入りにくい構造になっています。
ツバメが巣をつくるには格好の場所だと思いました。
だが、そこには
巣どころか一羽のツバメの姿もなかった。
「何故だかわかる?」と、案内役の人が私たちに問いかけた。
理由はこう。
数年前まではこの場所にいくつもの巣があり、毎年ヒナが育つ様子が観察できた。
だが、糞害を理由に巣は次々と撤去されてしまった。翌年もツバメは巣作りにチャレンジしたが、またしても巣は壊された。
そしてとうとう今年は一羽のツバメは戻ってこなくなったのだと。
人々の生活にとって、確かにツバメが巣をつくることは都合が悪いのかもしれない。
糞は落ちて地面は汚れるし匂いもする。
時には頭や服に落ちてくるかもしれない。
そして通行人や店の利用者からのクレームも出るかもしれない。
けれど、ほんの少しの工夫があっても良い。
例えば糞除けの板をつけたり、
巣の真下に"ツバメ子育て中。静かにお見守りください”といった案内表示を出したり、
あるいは、巣から少し離れた場所に観察ポイントを設けて、ツバメ派の人を増やしたりしたりね。
そんな共生の道があっても良かったのではないかと思う。
この駅を訪れる人々の頭上から、小さな命の種が静かに消えていったことに、私は軽いショックを覚えました。
ツバメは毎年、何千キロも飛んできて同じ場所に帰ってくるという。
なのに、人間に“歓迎されていない”とわかった瞬間、彼らは戻ってこない。
人間の都合で自然を遠ざけてしまう身勝手さが胸が痛い。
自然との距離をどう保ち、どう受け入れていくか。
人と鳥とが穏やかに共に生きられる社会とはどんな形だろうか。
追い出されたツバメがどこかで安らぎの場所を見つけてくれていたら良いな。
人間も同じ。誰かの一方的な利害で誰かが不利益を被る。
その後、別の場所で沢山のツバメが飛び交う姿を見ながらいつまでこの姿を見ることが出来るのだろうと考えた一日でした。
↑別の日別の駅の改札入口付近。下には注意の案内があるだけ。これが良いな!

